甚だ銷沈しているのであるか。
 これには無論ワケがあった。ワケなくして物事というものは結果が有り得ない。
 実はこのごろ梅野十伍にとって何が恐ろしいといって、探偵小説を書くほど恐ろしいことはないのであった。今月彼が一つの探偵小説を発表すれば、この翌月にはその小説が、すくなくとも十ヶ所の批評台の上にのぼらされ、そこでそれぞれ執行人の思い思いの趣味によって、虐殺されなければならなかった。
 もしこれが人間虐殺の場合だったら、もっと楽な筈だった。なぜなら人間の生命は一つであるから、一遍刺し殺されればそれで終局であって、その後二度も三度も重ねて殺され直さぬでもよい。ところが、小説虐殺の場合は十遍でも二十遍でも引立てられていっては念入の虐殺をうけるのであるから、たまったものではない、尤《もっと》もいくたび殺されても執念深く生き換わるのであるから、執行人の方でも業を煮やすのであろうが。
 執行人の多くは、いろいろな色彩に分れているにしてもいずれも探偵小説至上論者であって、新発表の探偵小説は従来|曾《かつ》て無かりし高踏的のものならざるべからずと叫んでいる。だから苟《いやしく》も従来の誰かの探偵小説
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