うのラチェットさんに買って貰ってるばかりなんで」
「うむ、ラチェットという猶太人は、鼠をそんなに買いこんで、何にしようというんだ」
「それァね旦那、これは大秘密でございますが、この鼠の肉が近頃盛んにソーセージになるらしいんですよ」
「えッ、ソーセージ?」
税官吏ワイトマンはそれを聞くと妙な顔をして胃袋を抑えた。実は朝起きぬけに、ソーセージを肴《さかな》にして迎い酒を二、三本やったのだ。「なんだ、彼奴《きゃつ》はソーセージを鼠の肉で作っているのか。どうも怪《け》しからん奴《やつ》じゃ」
「いやァ旦那、そう云うけれども、鼠の肉を混ぜたソーセージと来た日にゃ、とても味がいいのですぜ。ヤポン国では、鼠のテンプラといって賞味してるそうですぜ。だから鼠の肉入りのソーセージは、なかなか値段が高いのです。ちょっとこちとらの手には届きませんや」
「手に届かんといって――一本|幾何《いくら》ぐらいだ。オイ正直に応えろ」
「そうですね。一本五ルーブリは取られますか」
「五ルーブリ? ああそうか、よしよし。それくらいはするじゃろう」と、税関吏ワイトマンはホット胸をなぜ下ろし「さあさあ、お前の持ちこもうという品物を早く見せろ、検査をしてやるから」
「へえ。――そこの台の上に載せてあります」
といってレッド老人は、磨きあげたワイトマン愛用の丸|卓子《テーブル》の上を指した。そこには蜜柑函《みかんばこ》大の金網の籠が置いてあった。
ワイトマンは、鼠の籠が自分の愛用のテーブルの上に置かれてあるのにちょっと機嫌を悪くしたが、まあまあ我慢して文句を控えた。そして籠の近くに赭い大きな顔を近づけた。
「オイ、員数は?」
「員数は皆で二十匹です」
「二十匹だって。一イ二ウ三イ……となんだ一匹多いぞ。二十一匹居る」
「ああその一匹は員数外です。途中で死ぬと品数が揃わなくなるから、一匹加えてあるんです」
「員数外は許さん。もしも二十一匹で通すなら二十匹までは無税、第二十一匹目の一匹には一頭につき一ルーブルの関税を課する」
「こんな鼠一匹に一ルーブルの課税はひどすぎますよ。そんな大金を今ここに持ってやしません――じゃ二十一匹の中から一匹のけて、二十匹としましょう。それならようがしょう」
「うむ、二十匹以下なら無税だ」
「じゃあ、そうしまさあ、二十匹で無税で、二十一匹となると課税一ルーブルは何う考えても割に合いませんよ」
そういいながらレッド老人は、金網の小さい口を開けてなかから一匹の鼠を取出しポケットに入れ、そしてまた元のように金網の入口を閉めた。
「さあ、これでいいでしょう。もう一度数えてみて下さい。籠の中の鼠は二十匹となりましたぜ」
ワイトマンは再び籠の中に顔を近づけ、念のためにもう一度、籠の中の鼠を数えた。ゴソゴソ匍いまわっている鼠は、確かに二十匹だった。
「よォし、二十匹だ。無税だァ」
「へえ、有難うござんす。それでいいんですね。じゃ通して貰いましょう」
レッドは籠を卓子《テーブル》の上から持ち上げた。
途端にワイトマンが叫んだ。
「オイ待て。――」
「なんですか、旦那」
「貴様は、もう許しておけんぞ。この卓子の上を見ろ」
ワイトマンが憤りの鼻息あらく指さしたところを見ると、彼の大事にしている丸卓子の上は、鼠の排泄した液体と固体とでビショビショになっていた。
レッドは鼠の籠をぶら下げたまま、頭を掻いた。そして腰にぶら下げてあった手拭を取って、卓子の上を綺麗に拭った。そしてワイトマンの宥恕《ゆうじょ》を哀願したのだった。
「レッド。勘弁ならぬところだが、今日のところは大目に見てやる。一体こんな金網の籠に時を嫌わず排泄するような動物を入れて持ってくるのが間違いじゃ。この次から、卓子の上に置いても汚れないような完全容器に入れて来い。さもないと、もう今度は通さんぞ」
「へえい。――」
レッド老人は恐縮しきって、ワイトマンの前を下った。そして税関の横の小門から出ていった。そこはもう白国の街道であった。
街道を、レッド老人は大きなパイプからプカプカ煙をくゆらしながら歩いていった。そして思い出したように、鼠の籠の入口を開けて、ポケットに忍ばせて置いた員数外の鼠を中に入れてやったのである。
梅野十伍はペンを下に置いて、湯呑茶碗の中の冷えたる茶を一口ゴクリと飲んだ。
これは探偵小説であろうかどうか。
密輸入はたしかに探偵小説の題材になるが、今書いた小説は、探偵小説というよりも落語の方に近い。つまりそのヤマ[#「ヤマ」に傍点]は、税関吏ワイトマンが籠の中の鼠の数ばかりに気を取られていたこと、それから犯人レッドが至極無造作に員数外の鼠を籠から除いて、ワイトマンに疑いを抱かせる遑《いとま》もなく至極自然にそれをポケットに収《しま》いこんだことにある。これはナン
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