さい》の秘密はそのなかにあるのだ。彼は勇躍して机に噛りつき、取る手も遅しとその青い本を開いて読みだした。
『アダム[#「アダム」に傍線]ガ八千年目ノ誕生日ヲ迎エタルトキ、天帝ハ彼ノ姿ヲ老婆ノ姿ニ変ゼシメラレキ、ソレト共ニ一ツノ神通力ヲ下シ給エリ、スナワチアダム[#「アダム」に傍線]ノ飼エル多数ノ鼠ヲ、彼ノ欲スルママニ如何ナル物品生物ニモ変ゼシメ得《ウ》ル力ヲ与エ給エリ、但《タダ》シソレニハ一ツノ条件ガアッテ毎朝午前六時ニハ必ズ起キ出デテ呪文ヲ三度唱ウルコト之《コレ》ナリ。モシモソレヲ怠ッタルトキハ、彼ノ神通力ハ瞬時ニ消滅シ、物ミナ旧態《キュウタイ》ニ復《モド》ルベシ、仍《ヨ》リテアダム[#「アダム」に傍線]ハ、飼育セル多数ノ鼠ヲ変ジテ多クノ男女ヲ作リモロモロノ物品ヲ作リナセリ』
読み終った梅田十八は、非常なる恐怖に襲われた。以前から、どうもこういう気がせぬでもなかったのである。今日世の中に充満する人間のうち、ダーウィンの進化論に従って、猿を先祖とする者もあるかもしれないが、中にはまたこの妖婆アダムウイッチの日記帳にあるごとくそれが鼠からか水母《くらげ》からか知らないが、とにかく他の動物から変じて人間になっているという仲間も少くはないだろうことを予想していた。
果然彼は猿から進化した恒久の人間にあらずして、一時人間に化けた鼠だかも知れないのである。そういえば、彼は別にハッキリした理由がないのにも拘《かかわ》らず、よく匍って歩く習慣があった。それからまた、いつぞや鏡の中に自分の顔を眺めたとき、両の眼玉がいかにもキョトキョトしている具合や、口吻《こうふん》がなんとなく尖って見え、唇の切れ目の上には鼠のような粗《あら》い髯《ひげ》が生えているところが鼠くさいと感じたことがあった。今やその秘密が解けたのである。――」
というところで、梅野十伍は後を書きつづけるのが莫迦莫迦《ばかばか》しくなって、ペンを置いた。彼は好んでミステリーがかった探偵小説を書いて喝采を博し、後から「ミステリー探偵小説論」などを書いて得意になったものであったが、これではどうも物になりそうもない。彼は火の消えてしまった煙草にまたマッチの火を点けて一口吸った。
そのとき彼がちょっと関心を持ったことがあった。それはいま書いた原稿の中に、
「――いつぞや鏡の中に自分の顔を眺めたとき、両の眼玉がいかにもキ
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