いった。この唐突の話には面喰ってしまった。始めは一体なんのことを云っているのか分らなかったが、そのうちに、
(ハハア。ひょっとすると、これは横顔女の鍵のことを云っているのかしら?)
 と気がついた。けれども僕はその鍵をどうしても渡す気になれなかった。鍵を渡した代償に、この病院を出すというが、それは嘘《うそ》ッ八《ぱち》だということがよく読めた。それでは大損だった。それにもう一つ鍵を渡したくない理由があった。それは――それはちょっと言うのも恥かしい話であるが、実は僕はいつとなくこの鍵の握り輪のところに刻まれている横顔の婦人に恋のようなものを感じていたからだった。この世で一番大事な恋人を誰が人手に渡すものか!
 そのことあって以来、僕は母親お鳥も森おじさんも一向頼りにならないことを知った。そしてこの上は何とかして、この恐ろしい精神病院を自力でもって逃げださねばならないと思った。
 それから僕は、この困難な脱走の手を、あれやこれやと考えぬいた。そしてとうとう、これならうまくゆくに違いないという方法を発見したのだった。この上は、いい機会がくるのを待つばかりとなった――
 さて今夜こそ、絶好のチ
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