、そうではなくて、森虎造、通称ハルピン虎のために殺害されたという。そのわけは、ハルピン虎がその地で或る重大な悪事を犯しているところを、領事である亡父準之介に見られたため、理不尽《りふじん》にも執務中の父を薄刃の短剣で背後から刺し殺したのだった。同時にその部屋に父が秘蔵した例の貼り交ぜ細工の小函を値打のあるものと思い、鍵もろとも奪って逃げたのだった。
 あまりにも敏速な犯罪のために、亡父殺しの犯人は分らなかったばかりか、或る国際事情のため、領事が暗殺されたことを発表しかねたので、駆けつけた副領事の計《はから》いで、即時死因を脳溢血とし一般に知れわたることを防いだ。ただ証拠としては、特別の形をもった薄刃の凶器と、そのとき紛失した小函とその風変りな鍵の行方とが、後に残された。
 ハルピン虎は、何喰わぬ顔をして帰朝し、今は未亡人となったお鳥を訪ねて、悔《くや》みやら向うの模様を都合よく語ったりしたが、そのうちにお鳥の容色に迷い、遂に通じてしまったばかりか、実は莫大な遺産が僕の上に落ちてくるのを見すまし、悪心を起して横領を企てるに至った。継母お鳥も、いまは情念の悪鬼となり、虎に同意をして、下心あ
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