僕は建物の陰で拳をにぎり、ブルブルと身体を震わした。
そのときのことだった。
何者とも知れず、突然横合いから腕をグッと捉えた者があった。
「北川準一!」
失敗《しま》った! ハッと振りかえってみると、そこには結いたての島田髷《しまだまげ》に美しい振袖を着た美しい女が立っていて、僕の両腕の急所を、女とは思えぬ力でもってグッと締めつけているのだった。
絶体絶命! 僕はこの女のため、金に変えられて仕舞う運命なのだろうか?
秀蓮尼《しゅうれんに》庵室《あんしつ》
腕を締めつけた女は、あまりに美しかった。僕はまるで魂を盗まれたような気がした。僕は死刑から脱がれるためにその女を蹴倒して逃げねばならぬ。しかもそれを決行しなかった訳は、その女があまりにも僕がいつも胸に抱いていた幻の女に似た感じをもっていたからだった。たった一つしかない生命よりも尊いものが、他にもあったのだった。
いや蹴倒すどころか、僕は捉えられたまま、大声すら発しようとしなかった。――もっともそのとき女の涼しい眼眸の中に、なにか僕に対する好意のようなものを感じたからでもあった。
「北川さんでしょ。……」
「し
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