ちに待ったその夜だった。今夜からこの黄風島の夏祭りが始まるのだった。北国にも夏はあった。それは極めて短い夏であったが、それだけに一年中で夏は尊いのだった。島は現地の人といわず、日本人といわず、昼も夜ものべつ幕なしに、飲み歌い踊って暮すのだった。僕たちの監守にとっても、それはやはり尊い夏祭りの夜だったのである。
 午後九時に、僕たちの部屋を二人の監守が見まわるのが常例になっていた。そのときは人員の点呼をし、健康状態がよいかどうかをたしかめた上、就寝させられることになっていた。
 果してその夜も、常例の点呼が始まった。
「第四号室。――皆居るかア。――」
 一人の監守は、室内に入ると扉の陰に立って入口を守り、もう一人の監守は、室の向うの隅こっちの隅でそれぞれ勝手なことをやっている患者の傍へいちいち行って、まるで郵便函の中の手紙を押すように身体を点検した。いつも裸になっている患者には、慣例によって西洋寝衣のようなものを被せた。――最初に監守は僕の傍へ近よったが、プーンとひどく酒くさかった。入口の監守はと見ると、扉につかまったまま、靴尖でコツコツと佐渡おけさを叩き鳴らしていた。
「皆、おとなし
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