あの壜には長紐《ながひも》がついていて、その元を卓子《テーブル》にくくりつけてあったんです。その紐てやつが、やっぱり目に見えないやつだったんで、俺だって化物《ばけもの》じゃないから、見えやしません。腕からスポンとぬけて、足の下でガチャンといったときに、ハハア目に見えない紐がついてたんだなと、気がついてたってえわけです。化物でもなけりゃ、はじめから気がつく筈がない。――」
「ワーニャ、愚痴《ぐち》をいうのはよせ。いまさらグズグズいったって、元にかえりゃしない」
 ウルスキーは腹立たしそうに、太い葉巻をガリガリと噛んだ。
「ねえ、首領《かしら》」とワーニャは機嫌をとるようにいった。「楊博士の奴は、ひどく悄気《しょげ》てたじゃないですか。たかが、たった一本の毛のことでねえ。莫迦《ばか》らしいっちゃないや」
「うん。学者なんてものは、おかしなものさ。だが――」と彼は起き直って「あれがほんとに十萬メートルの上空で採取《さいしゅ》したもので、火星の生物の毛ででもあったら、こいつは素晴らしい新聞の特種《とくだね》だ。よオし、こいつは儲《もう》け仕事だ。オイ、ワーニャ、お前すぐ編集次長のカメネフを電話
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