一本一本、運命の籤《くじ》は引いてゆかれる。ミドリが最初の籤を引いて、白だった。次は兄の天津が引いてこれがまた白。その次に籤を引いたのが進少年だった。
「……あッ赤だ。僕が下りるに決った」
一同はハッとして少年の顔を見た。
佐々記者は遂《つい》に決心して、前に自分の生命を救ってくれた少年に、このたびは自分の命を捧《ささ》げたいと申出たが、艇長ははじめの誓約《せいやく》をたてにして承知しなかった。悲惨《ひさん》なる光景だった。送る者の辛《つら》さは、去《ゆ》く者の悲しさに数倍した。
「じゃ、皆さん、ご機嫌よう!」
弱々しいことの嫌いな進少年は、決然として窓に近づくと、エイッと懸《か》け声《ごえ》もろとも艇外にとび出した。
「僕も一緒に行く。待って………」
呀《あ》ッという間もなく、つづいて窓外に飛び出したのは、進少年に助けられた恩のある佐々記者であった。それを見るより、艇長は素早く窓のところに身を寄せ、厳然《げんぜん》と云い放った。
「この尊い犠牲を生かさねば、われわれの義務は果せませんぞオ。――さあ全員配置について、スピードをあげましょう。ここは丁度、恐ろしい無引力空間の近くです。油断《ゆだん》は禁物《きんもつ》!」
艇長の眼は湧いてくる泪《なみだ》で、何も見えなかった。
奇蹟中の奇蹟
進少年と佐々《さっさ》記者が、蜂谷艇長の指揮する宇宙艇よりも一日早く、無事に地球に到着したといったら、読者は信じるだろうか。いや全くの奇蹟中《きせきちゅう》の奇蹟だった。わけを聞かないでは、誰も信じられないだろう。艇外は漠々《ばくばく》たる宇宙だ。死なない者なんてあるだろうか。
ところがこの幸運の二人の場合は、その極《きわ》めて稀《まれ》な場合だったのである。二人が飛び出したところは、丁度例の無引力空間だったのである。その空間では身体が上へも下へも落ちはしない。ただ抛《ほう》りだされたときの勢《いきお》いで、無引力空間をユラリユラリと流れるばかりだった。もちろん後から飛びでた佐々記者は進少年のところへ追いついた。
二人が手を取り合って、最後の覚悟を語りあっているところへ、横合から漂然《ひょうぜん》と流れて来た一個の巨船《きょせん》――それこそ意外中の意外、というべき猿田飛行士が乗り逃げをした筈《はず》の新宇宙号だった。
二人は夢かとばかり愕《おどろ》いた。なぜこんなところに新宇宙号がプカプカ浮んでいるのだろう。辿《たど》りついてよく見れば、噴射瓦斯《ふんしゃガス》へ通ずる電線の入ったパイプが何物かに当ったと見え断線《だんせん》していた。これでは瓦斯が止ってしまうのも無理はない。それにしても、空中でよほど硬い大きな物体に衝突しなければならない筈……。
進少年はハタと膝をうった。
「こう考えればいいのだ。――最初犬吠が乗り逃げした宇宙艇は、誤《あやま》ってこの無引力空間に陥《おちい》って、ここを漂《ただよ》っていたのだ。そこへまた今度、猿田の操縦した新宇宙艇が通りかかって、図《はか》らずもドーンと衝突した。そのときパイプが裂《さ》けて、動かなくなり、そのままこの無引力空間に漂い始めたんだ。一方、旧型《きゅうがた》の宇宙艇はこの衝突で跳ねとばされて、その勢いで月世界へ墜落《ついらく》していったものだろう」
「実にうまく出来ている。悪人の末路《まつろ》は皆こんなものだ」
と佐々《さっさ》も合槌《あいづち》をうった。
そこで二人は艇内をこじあけて工具をとり出し、パイプと電線とを外から修理して接ぎあわせ、そして新宇宙艇を再び操縦して地球へ急いだが、快速のため、蜂谷艇長の一行よりも早く帰りついたのだった。
猿田は艇内でピストル自殺をしていた。器械が動かなくなったので、観念したのだろうと思う。
全国の新聞やラジオは、進少年や密航記者|佐々砲弾《さっさほうだん》の愕くべき奇蹟を大々的《だいだいてき》に報道した。すると祝電と見舞の電報とが、山のように二人の机上《きじょう》に集った。それは日本ばかりではなく、遠くベルリンやローマから、またロンドンやニューヨークからのものがあった。その大きな同情は、いま月世界に病《や》む進君の父六角博士をぜひ救い出さねばならぬという声にかわっていった。この分では老博士救助の新ロケットが飛びだす日もそう遠くはあるまい。
底本:「海野十三全集 第8巻 火星兵団」三一書房
1989(平成元)年12月31日第1版第1刷発行
初出:不詳
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2005年11月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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