死んでしまった。ミドリの悲しみは、察するだに哀《あわ》れなことだった。
「……仕方がない。これも神さまのお心かもしれないよ」と艇長はやさしく彼女の肩に手をおいて云った。「残念だが、このたびは中止をしよう」
 そのときだった。向うの街道《かいどう》から、ヘッドライトがパッとギラギラする両眼をこっちに向けて、近づいてくる様子。
「ああ、誰かこっちへ来る……」
 と、進少年は叫んだ。
 近づいて来たのを見ると、それは競争用の背の低い自動車だった。やがて自動車は、小屋の前に止り、中から出てきたのは、色の浅ぐろい飛行士のような男だった。
「ああ、猿田さんだッ……」
 猿田とよばれた男はツカツカと一同の前に出てきて、
「ああ皆さん。御出発に際して、お見送りの言葉を云いに来ましたよ」
 ミドリはそのとき、スックと立ち上った。
「ああ猿田さん。いいところへ来て下すったわ。……貴方《あなた》この宇宙艇を操縦して月世界《つきのせかい》へ行って下さらない」
「ああミドリさん、ちょっと……」
 と艇長の蜂谷学士がとどめた。しかしミドリはその言葉を遮《さえぎ》ってまた叫んだ。
「ね、猿田さん。行って下さるでしょ
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