始まった。樽のうしろや、器械台の下などを入念に調べたが別に怪しい密航者の影も見あたらなかった。
「さあ、密航者はいませんよ。もう大丈夫です」
 進少年は、そう叫んだ。
「では出発だ。扉《ドア》を締めて……」
 重い二重扉《にじゅうドア》がピタリと閉《と》じられ、四人の乗組員は、それぞれ部署についた。蜂谷学士は、ロケットの一番頭にちかい司令席につき六つの映写幕を持ったテレビジョン機の中を覗《のぞ》きこんだ。そこにはこの宇宙艇の前方と後方と、それから両脇と上下との六つの方角が同時に見透《みとお》しのできる仕掛けによって、居ながらにして、宇宙艇のまわりの有様がハッキリと分った。
 そのすこし後には、進少年がラジオの送受機《そうじゅき》を守って、皮紐《かわひも》のついた座席に身体を結びつけた。その横にはミドリ嬢が同じように頑丈《がんじょう》な椅子に身体を結びつけていたが、これは沢山の計器《メーター》と計算機とをもって、宇宙艇の進行に必要な気象を観測したり、また進路をどこにとるのがいいかなどということについて計算をするためだった。
 一ばん後方には、飛び入りの猿田飛行士が複雑な配電盤を守っていた。そこでは艇長の命令によって、刻々《こくこく》方向舵を曲げたり、噴射気《ふんしゃき》の強さを加減してスピードをととのえたり空気タンクや冷却水の出る具合を直したりするという一番重大で面倒な役目をひきうけていたのだった。
「出航用意!」
 艇長は伝声管《でんせいかん》を口にあてて叫んだ。
「出航用意よろし」
 と猿田飛行士のところから、返事があった。
「進路は小熊座《こぐまざ》の北極星、出航《しゅっこう》始めッ」
 ついに蜂谷艇長は、出発命令を下した。猿田が開閉器《かいへいき》をドーンと、入れると、たちまち起るはげしい爆音、小屋は土砂《どしゃ》に吹きまくられて倒壊《とうかい》した。そのとき機体がスーッと浮きあがったかと思うと、真青《まっさお》な光の尾を大地の方にながながとのこして、宇宙艇はたちまち月明《げつめい》の天空《てんくう》高くまい上った。


   宇宙旅行


 わずか五秒しかたたないのに、新宇宙艇は富士山の高さまで昇った。
 スピードはいよいよ殖えて、それから十秒のちには、成層圏《せいそうけん》に達していた。窓外《そうがい》の空は月は見えながらも、だんだん暗さを増していった。
 そこで新宇宙艇の進路が変った。大空の丁度《ちょうど》ま上に見える琴座《ことざ》の一等星ベガ一名《いちめい》織女星《しょくじょせい》を目がけて、グングン高くのぼり始めた。
 地球から月世界までの距離は、三十八万四千四百キロメートルという長いもの、それをこの新宇宙艇は、僅《わず》か十日間で飛び越そうという計算であった。
 進路がベガに向けられて、早や三日目になった。もうあたりは黒白《あやめ》も分らぬ闇黒《くらやみ》の世界で、ただ美しい星がギラギラと瞬《またた》くのと、はるかにふりかえると、後にして来た地球がいま丁度夜明けと見えて、大きな円屋根《まるやね》のような球体《きゅうたい》の端《はし》が、太陽の光をうけて半月形《みかづきがた》に金色《こんじき》に美しくかがやきだしたところだった。
 蜂谷艇長は、観測台のところに立って、しきりにオリオン星座のあたりを六分儀《ろくぶぎ》で測《はか》っていたが、やがて器械を下に置くと、手すりのところへ近づいて、下にいるミドリの名を呼んだ。
「ねえ、ミドリさん……」
「アラ、どうかなすって?」
 ミドリは星座図の上に三角|定規《じょうぎ》をパタリと置いて、艇長の顔を見上げた。
「どうも可笑《おか》しいんですよ。もう丸三日になるので、十二万キロは来ていなきゃならないのに、たいへん遅れているんです。始め試験をしたときのような全速度が出ないのです。よもや貴方《あなた》の計算に間違いはないでしょうネ」
「いえ、計算は三つの方法ともチャンと合っていますわ。間違いなしよ」
「間違いなし。……するとこれは、何か別に重大なるわけがなければならんですなア」
 そういって蜂谷艇長は腕をこまねいて考えに沈んだ。
「私の運転の下手《へた》くそ加減《かげん》によるというんでしょう、ねえ艇長!」
 猿田飛行士が、底の方からいやみらしい言葉を投げかけた。
「そうは思わないよ。黙っていたまえ君は……。おう、進君、やがて水を配《くば》る時間だ。第四の樽を開けて置いて呉《く》れたまえ」
 進少年は、通信機のそばを離れて、下に降りていった。床《ゆか》にポッカリと明《あ》いた穴に身体を入れて見えなくなったと思うと、それから間もなく、ワッという悲鳴と共に、一同を呼《よ》ぶ声が聞えてきた。
 艇長は残りの二人を手で制して、ピストル片手に単身《たんしん》底穴《そこあな》に降りていっ
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