たが、軈《やが》て激しい罵《ののし》りの声と共に、見慣れない一人の青年の襟《えり》がみをとって上へ上って来た。
「密航者だ。……この男がいるせいで、この艇が一向計算どおり進行しなかったんだ。なぜ君はわれわれの邪魔をするんだ。君は一体誰だい」
「まあそう怒《おこ》らないで、連れていって下さいよ、僕は新聞記者の佐々砲弾《さっさほうだん》てぇんです。僕一人ぐらい、なんでもないじゃないですか」
この不慮《ふりょ》の密航者をどうするかについて、艇では大議論が起った。もう地球から十二万キロも離れては、彼を落下傘《パラシュート》で下ろすわけにも行かなかった。そんなことをすれば死んでしまうに決っている。艇長は云った。
「このまま連れてゆくか、それとも引返すかどっちかだ。連れてゆくのなら、食料品が足りないから、今日から皆の食物の分量を四分の一ずつ減《へら》すより外《ほか》ない」
真先《まっさき》に反対したのは、猿田飛行士だった。
「密航するなんて太い奴だ。構《かま》うことはない。すぐに外へ放り出して下さい。たった一つの楽しみの食物が減るなんて、思っただけでもおれは不賛成だ」
といって、頬をふくらませた。ミドリは引返すことに反対した。艇長は遂《つい》に云った。気の毒ながら、この向う見ずの記者に下艇《げてい》して貰うより外はないと。すると先刻《さっき》からジッと考えこんでいた進少年が大声で叫《さけ》んだ。
「艇長さん、それは可哀想《かあいそう》だなア。……じゃいいから、僕の食物を、この佐々《さっさ》のおじさんと半分ずつ食べるということにするから、このままにしてあげてよね、いいでしょう」
「おれの食物の分量さえ減らなきゃ、あとはどうでも構わないよ」
と猿田は云った。
艇長はようやく佐々記者を艇内に置くことを承認した。――佐々はどうなることかとビクビクしていたが、進少年の温い心づかいのため救われたので、少年の手をグッと握りしめ、心から礼を云った。
「あなたは僕の命の恩人だ。……いまにきっと、この御恩《ごおん》はかえしますよ」といった後で、誰にいうともなく「いや世の中には、豪《えら》そうな顔をしていて、実は鬼よりもひどいことをする人間が居《お》るのでねえ……」
と、意味ありげな言葉を漏《も》らした。
月世界上陸
月世界《つきのせかい》の探険に於《おい》て、一番難所といわれるのは、無引力空間《むいんりょくくうかん》の通過だった。その空間は、丁度《ちょうど》地球の引力と月の引力とが同じ強さのところであって、もしそこでまごまごしていたり、エンジンが止《とま》ったりすると、そこから先、月の方へゆくこともできず、さりとて地球の方へ引かえすことも出来ず宙ぶらりんになってしまって、ただもう餓死《がし》を待つより外しかたがないという恐ろしい空間帯《くうかんたい》だった。
蜂谷艇長《はちやていちょう》の巧《たく》みな指揮が、幸《さいわ》いにエンジンを誤らせることもなく、無事に危険帯を通過させたのだった。乗組員四名――いやいまは五名である――は、ホッと安堵《あんど》の胸をなで下ろした。
やがて地球を出発してから十二日目、いよいよ待ちに待った月世界に着陸するときが来た。ここでは月は、まるで大地のように涯《はて》しなく拡《ひろ》がり、そして地球は、ふりかえると遥かの暗黒《あんこく》の空に、橙色《だいだいいろ》に美しく輝いているのであった。
「さアいよいよ来たぞ」と艇長はさすがに包みきれぬ喜色《きしょく》をうかべて云った。「じゃ大胆に『危難《きなん》の海《うみ》』の南に聳《そび》えるコンドルセに着陸しよう。皆、防寒具《ぼうかんぐ》に酸素|吸入器《きゅうにゅうき》を背負うことを忘れないように。……では着陸用意!」
「着陸用意よろし」
猿田飛行士は叫んだ。彼はすっかり隙間《すきま》のないほど身固《みがた》めし、腰にはピストルの革袋《かわぶくろ》を、肩から斜《なな》めに、大きな鶴嘴《つるはし》を、そしてズックの雑袋《ざつぶくろ》の中には三本の酒壜を忍ばせて、上陸第一歩は自分だといわんばかりの顔つきをしていた。
「……着陸始めッ……」
艇は速度をおとし、静かに螺旋《らせん》を描《えが》きながら、荒涼《こうりょう》たる月世界《つきのせかい》に向って舞《ま》いおりていった。
「ねえ蜂谷さん。着陸してから、どうなさるおつもり」
とミドリがいった。
「やはり貴女《あなた》の電子望遠鏡にうつった白点《はくてん》を真先《まっさき》に探険するつもりですよ。途中いろいろと観測しましたが、あれは大きな孔《あな》なんですネ。しかも地球にある階段に似たものが見えるんですよ。ひょっとすると、人間が作ったものかも知れませんネ」
「ああ、もしや六角博士《ろっかくはかせ》や兄が生
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