たが、軈《やが》て激しい罵《ののし》りの声と共に、見慣れない一人の青年の襟《えり》がみをとって上へ上って来た。
「密航者だ。……この男がいるせいで、この艇が一向計算どおり進行しなかったんだ。なぜ君はわれわれの邪魔をするんだ。君は一体誰だい」
「まあそう怒《おこ》らないで、連れていって下さいよ、僕は新聞記者の佐々砲弾《さっさほうだん》てぇんです。僕一人ぐらい、なんでもないじゃないですか」
 この不慮《ふりょ》の密航者をどうするかについて、艇では大議論が起った。もう地球から十二万キロも離れては、彼を落下傘《パラシュート》で下ろすわけにも行かなかった。そんなことをすれば死んでしまうに決っている。艇長は云った。
「このまま連れてゆくか、それとも引返すかどっちかだ。連れてゆくのなら、食料品が足りないから、今日から皆の食物の分量を四分の一ずつ減《へら》すより外《ほか》ない」
 真先《まっさき》に反対したのは、猿田飛行士だった。
「密航するなんて太い奴だ。構《かま》うことはない。すぐに外へ放り出して下さい。たった一つの楽しみの食物が減るなんて、思っただけでもおれは不賛成だ」
 といって、頬をふくらませた。ミドリは引返すことに反対した。艇長は遂《つい》に云った。気の毒ながら、この向う見ずの記者に下艇《げてい》して貰うより外はないと。すると先刻《さっき》からジッと考えこんでいた進少年が大声で叫《さけ》んだ。
「艇長さん、それは可哀想《かあいそう》だなア。……じゃいいから、僕の食物を、この佐々《さっさ》のおじさんと半分ずつ食べるということにするから、このままにしてあげてよね、いいでしょう」
「おれの食物の分量さえ減らなきゃ、あとはどうでも構わないよ」
 と猿田は云った。
 艇長はようやく佐々記者を艇内に置くことを承認した。――佐々はどうなることかとビクビクしていたが、進少年の温い心づかいのため救われたので、少年の手をグッと握りしめ、心から礼を云った。
「あなたは僕の命の恩人だ。……いまにきっと、この御恩《ごおん》はかえしますよ」といった後で、誰にいうともなく「いや世の中には、豪《えら》そうな顔をしていて、実は鬼よりもひどいことをする人間が居《お》るのでねえ……」
 と、意味ありげな言葉を漏《も》らした。


   月世界上陸


 月世界《つきのせかい》の探険に於《おい》て、一番難所と
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