チ、二イ、一チ、二イと、ぐるぐる廻します。そこであなたは、目を閉じていて、僕が、一とか二とかいったときだけ、目をぱっと開いて、またすぐ閉じるのです。つまり、一チ二イ一チ二イの調子にあわせて、目をぱちぱちやるのです。すると、この椅子が、どんな風に見えますか。ちょっとやってみましょう」
帆村は、廻転椅子を三千子の前において、それに手をかけた。
「さあ始めますよ。調子をうまく合わせることを忘れないで……。さあ、一チ、二イ、一チ、二イ、……」
三千子は、いわれたとおり、調子をあわせて、目をぱちぱちと開閉した。
「三千子さん、椅子は、どんな具合に見えましたか」
「さあ――」
「椅子は、じっと停っていたように見えませんでしたか」
「あ、そうです。椅子は、いつも正面をじっと向いていました。ふしぎだわ」
「そうです。それで実験は成功したのです。つまり、僕は椅子を廻転させましたが、あなたには、椅子がじっと停っているように見えたのです。これは、なぜでしょうか。そのわけは、あなたは、僕の号令に調子を合わせたため、椅子がちょうど正面を向いたときだけ、ぱっと目をあけて椅子を見たことになるのです。だから、椅子は、じっとしていたように感ずるのです」
「まあ、ふしぎね」
「そこで、あの恐しい水牛仏のことですが、あれも青竜刀をもって、ぐるぐる廻転していたのです。とても、目にもとまらない速さで廻っていたのです。しかしちょっと見ると、じっと静止しているように見えるのです」
「そう見えましたわ。でも、あたしたちは、誰も、目をぱちぱち開閉したわけではありませんわ」
「もちろん、そうです。しかし目をぱちぱち開閉するのと同じことが行われていたのです」
「同じことが行われていたというと……」
「水銀灯がつきましたね。あの水銀灯が、非常な速さで、点《つ》いたり消えたりしていたのです。しかも、水牛仏の廻転と、ちょうど調子が合っていたのです。つまり、水牛仏が正面を向いたときだけ、水銀灯は点いて、あの部屋を照らしたのです。だから、水牛仏は、廻転しているとは見えないで、いつも正面をじっと向いていたように見えたのです。お分りになりますか」
「ええ。それは、そうなりそうですけれど、しかしあたしは、あの水銀灯が、別に点滅《てんめつ》しているように感じませんでしたわ」
「それは、人間の眼が残像にごま化されるからです。あなたは、普通の電灯が、明るくなったり暗くなったり、ちらちらしているように感じますか」
「いいえ。電灯は、いつも明るいですわ」
「ところが、あの電灯も、実は一秒間に百回とか百二十回とか、明暗をくりかえしているのです。しかし人間の眼は、大体一秒間に十六回以上|明滅《めいめつ》するちらつきには感じがないのです。本当は明滅するんだけれど、明滅するとは感じないのです。映画でも、そうですよ。あれは、一秒間に十六|齣《こま》とか二十齣とかの規定があって、画面がちょうどレンズの前に一杯に入ったときだけ、光源から光がフィルムをとおして、映写幕のうえにうつるのです。その間は、映写幕は、まっくらなんですが、人間の眼には残像がしばらく残っているから、画面がちらちらしない。だから、フィルムをうんと遅く廻すと、画面がちらついて見えます」
「そのお話で、いつだか教わった映画の原理を思い出しましたわ」
「それが分れば、しめたものです。猛烈な勢いで廻転している水牛仏が、あたかも、じっと静止しているように見えるわけがわかったでしょう。分らなければ、今の廻転椅子のことを、もう一度思い出してください」
「やっと、分ったような気がしますわ。しかし水牛仏の前を通った人で、首を斬り落とされなかった人が沢山あるのじゃないでしょうか」
「そうです。赤色灯のついているときは、安全なんです。そのときは、水牛仏は静止しているのです。そして水銀灯に切り替《かわ》ると、水牛仏が廻転を始めるのです」
「あの水牛仏が、廻りだしたことが、よくお分りになったものね。危かったわ」
「いや、本当に危いことでしたが、僕にそれを知らせてくれたのは、煙草でしたよ」
「煙草?」
「そうなんです。長老陳程に叱られて、僕が捨てた煙草は火のついたまま、真直に煙をあげていたのです。その煙が、急に乱れたので、僕は、はっと気がついたんです。尤《もっと》も、それまでに、あの水牛仏の人形が、或いは廻りだすのじゃないかと疑いをもっていたが、煙草を捨てた直後には、煙がしずかにまいのぼるのを見たので、そのときは人形が動いていないことを知ったのです」
「そのときは、まだ赤色|灯《とう》がついていたのですね」
「そうなんです。――そうそう、いいわすれましたが、自殺した長老陳程は、われわれにとっては悪い奴でしたが、永く某国で働いていた機械工だそうです。顔子狗を私刑したことから、は
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