こい」
 田毎大尉は、ついにそういった。
「大尉どの。自分もここに居てよろしくありますか」
「ああ、よろしい。ぜひそこにいて、『火の玉』少尉を慰《なぐさ》めてやってくれ」
 間もなく、当番兵につれられて、部屋へ入ってきた壮漢、見れば警防団服に身を固めていて、ちゃんと右手もついている。


   新しい警防団員


「おう、そのいでたちは……」
 と、田毎《たごと》大尉がいぶかるのを、壮漢はうやうやしく右手で挙手の敬礼をして、
「はあ、きょうは大尉どのに、この姿を見ていささか意を安んじて頂こうと思って参りました」
「おお、これは戸川――戸川中尉どの。ずいぶん久しぶりでありましたな」
 そういう壮漢は、やっぱり「火の玉」六条少尉以外の何人でもなかった。どうしたわけか、きょうは「火の玉」少尉、いつになく朗《ほがら》かであった。
「おお、貴様に会って、俺は嬉しいぞ」
 と、戸川中尉は立ちあがって、六条少尉の方に手をさしのばした。そのとき中尉は、硬いひやりとしたものを掌《てのひら》の中に感じた。見るとそれは鋼鉄《こうてつ》と硬質ゴムとでできた「火の玉」少尉の義手《ぎしゅ》だったのである。
「戸川中尉どの。結果において自分の敗北でありましたよ。中尉どのにお目にかかれば、早速それを申すはずでしたが、きょうまでそれをいう機会がなかったのです」
「あはは、なにをいうか貴様」
「しかし戸川中尉どの。自分は右手を失って、見かけにおいては体力を削減《さくげん》しましたが、その戦闘精神は却《かえ》って以前よりも旺盛《おうせい》になったことを言明《げんめい》いたします」
「ふふん、それは結構だ」
「火の玉」少尉は、そこで急に気がついて田毎大尉に敬礼をし、
「いや失敬いたしました。旧友に会ったものでありますからして、思わず大尉どのへの報告のほうが後になりまして……」
「いや、かまわない。が、報告とはどういうことか。まさか原隊復帰の許可が下りたというのでもなさそうだが」
「その原隊復帰のことで、大尉どのをかなりお苦しめしましたが、きょうはそのことではないのであります。これをごらん下さい。自分は警防団に入りました。原隊復帰が許されるまで、警防団で働くつもりであります」
「そうか、それはよかった」
 と、田毎大尉ははじめて合点のいった顔である。
「それで部署は、どういうところか」
 大尉としては、やはり元の部下の「火の玉」少尉の部署のことまで気にかかるのであった。
「はい、監視班です」
「ほう、監視班とは、なるほどこれはいいところへ配属されたものだ。『火の玉』少尉の監視|哨《しょう》では勿体ないくらいのものだ」
 田毎大尉は本当のことをいった。
「そんなことはありません」
 と六条は、言下に「火の玉」少尉らしい活溌な口調でうち消して、
「今日ほど、監視哨の仕事が重大であり、そして困難を伴っていたことは、未だかつてなかったのです。ソ連極東軍の重爆隊は、今夜にも翼をはって帝都の空を襲うかもしれない情勢であります。自分は今夜から、任務につく決心であります」
「ふーむ、任務につくといって、どうするのか」
「はい、気球に乗ることになっています」
「なに、気球に乗る。どんな気球に乗って、なにをするのか」
 田毎大尉は、「火の玉」少尉が気球に乗るなどといいだしたので、少々おどろいた。
「はい、帝都は今夜から、繋留《けいりゅう》気球を揚《あ》げることになっています。今夜は一つだけでありますが、明日から若干数が殖えることになっています。自分は、その最初の一つに乗りこみまして、深夜の帝都の上空をば監視するのであります」
「夜、見えるか」
「はい、午前三時に月が出るのであります。それまではE式|聴音器《ちょうおんき》で、敵機のプロペラの音を探知します」
「ふむ、それは御苦労なことだ。では、しっかり頼むぞ」
 田毎大尉は、障害者となっても燃えるような戦闘精神が「火の玉」少尉の胸に宿っているのを知って、大いにうたれた。
 その「火の玉」少尉は、田毎大尉と旧友戸川中尉との前を辞するときに、一段とかたちを改《あらた》め顔面を朱盆《しゅぼん》のごとに赫《あか》くして、
「でありますが、この六条は、一日も早く原隊復帰を許され、例の××軍トーチカ集団攻撃に、ぜひとも一番駈けをいたし、そこに屍《しかばね》をさらしたいと考えておるのでありますから、この点お忘れなく、御両所の不断の御骨折《おほねおり》を切望いたします」
 儼然《げんぜん》といい放って、「火の玉」少尉は廻れ右をして帰っていった。
 後を見送って、田毎大尉は戸川中尉と顔を見合し、
「やっぱり『火の玉』少尉だ。はじめは原隊復帰を諦《あきら》めたのかと思ったが、いまの言葉では、どうしてどうして、先生なにがなんでも××軍トーチカ集団の真中で戦死を
前へ 次へ
全10ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング