《から》むように近よってきたが、固形ウィスキーは、ぽとんと二人の間に落ちたままになって、それから数時間を、二人は昏々として眠った。
 それから一日二日たったと思うころ、六条もキンチャコフも、相変らずゴンドラの底に寝たままではあるけれど、どうやら口だけ利《き》けるようなところまで体力を回復した。それは六条が食糧の入っている戸棚を知っていて、それを引出しては分けあって喰べたからである。しかし困ったのは、水が一滴もなくなったことである。二人は、寝たままで、ときどき口を利いた。
「おい、キンチャ。もうどの辺を漂流しているかなあ」
「この気球は、最初北へいって、その翌日は西へ流れた。そしてもう四、五日にはなるだろう。すると、これはどうも外蒙《がいもう》かザバイカル区の辺まで流れて来ているよ」
「そんなになるかなあ。よし今日はなんとかして腕の力で起きあがる練習をして、一度ゴンドラの外をのぞいてみたいものだ。俺は、太平洋の真中あたりへ出ているような気がするが」
 そしてまた、二人は昏々《こんこん》と眠った。
 どれだけ眠ったか、飛行機の爆音がするので、二人は目が覚《さ》めた。気をつけていると、飛行機は、ゴンドラの周囲をぐるぐる廻っているらしい。ときどき、ゴンドラの縁《ふち》と気球との間に、飛行機のような形が見えるのだけれど、二人とも視力がよわっていて、はっきり見えない。
 そのうちに、サイレンらしいものが鳴るのが聞えた。
「気のせいか、××陣地のサイレンと同じ音色だが……」
「なにをいうんだ。あれはザバイカル管区の号笛《ごうてき》だ。わしはよく知っている」
 それから暫くして、二人はいきなり激しい衝撃をうけ、あっと思う間もなくゴンドラから放り出された。とたんに二人とも気を失ってしまったのは無理ではなかった。気球が下《くだ》りに下ってついにゴンドラが大地にぶつかったのだ。
 その翌日、「火の玉」少尉は病院のベッドで目を覚ました。おやと思って目をあげると、そこに田毎大尉や戸川中尉の顔があったので、びっくりした。それからの歓喜は、ここに綴《つづ》るまでもないが、彼ののっていた気球の下りたところは、不思議にも実に七日前に離陸したもとの××陣地であったのである。まるで嘘のような出来事であった。言う者も聞く者も、ともに不思議な出来事に、驚嘆《きょうたん》の連発であったが、これこそ不連続線のなせる悪戯《いたずら》であったとは、後に「火の玉」少尉が元気を回復してからの種明《たねあか》しであった。
 キンチャコフは、不運にも、ゴンドラが地上に激突したとき、当りどころが悪くて脳震蘯《のうしんとう》を起こし、そのままあの世へ逝《い》ってしまったそうである。



底本:「海野十三全集 第6巻 太平洋魔城」三一書房
   1989(平成元)年9月15日第1版第1刷発行
初出:「名作」
   1939(昭和14)年9月
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年4月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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