らめてしまった。空中漂流以来、戦友戸川のことを思い出し、こっちもこんどは一つ細心《さいしん》且《かつ》沈着にいこうと努力をつづけてきたわけだが、たかが無電器械一つと思うのが、どうしたってこうしたって、うんともすんとも直りはしないのだ。
(やっぱり、自分の柄《がら》にないことは、駄目なんだ)
彼ははじめて悟りに達したような気がした。と同時に、今までの妙な気鬱《きうつ》が、すうっと散じてしまったようであった。
「ほう、なるほど下るわ下るわ。いよいよ墜落の第一歩か」
「あまり嚇《おどか》すなよ」
と、キンチャコフがいって、
「へんなことをいうと、きっとそのとおりになるという法則がある。ちと慎《つつし》めよ」
「なあに、今のうちにこれでも喰っておけ。そうすれば元気になるだろう」
六条は、携帯口糧《けいたいこうりょう》をゴンドラの戸棚の中からひっぱりだして、キンチャコフにも分けてやった。戸棚の中には熱糧食《ねつりょうしょく》だとか、固形《こけい》ウィスキーなども入っていた。なにしろ予《あらかじ》め六人分の食糧が収《おさ》めてあったので、食糧ばかりは当分困らない。
ただ困ったのが水だ。水は、ゆうべ庶務の老人が持ちこんでくれたが、一人一日分しか入れてない。
携帯口糧は口の中で一杯になった。水を上から注ぎこまなければ、とても咽喉《のど》をとおらない。といって水は大事にしなければ、この先どんなことになるか分らない。六条は、目を白黒させながら、これも同様に目を白黒させて携帯の口糧《こうりょう》をぱくついているキンチャコフの顔を見やった。
「おう、雲だ。いよいよ下るぞ」
ほんの僅かの間に、気球は密雲の中に包まれてしまった。見る見るうちに、服はびっしょり水玉をつけ、やがてそのうえを川のように流れおちる。二人の頭のうえからも、小さい滝がじゃあじゃあと落ちてくる。仰《あお》げども見えないけれど、気球に溜った水滴が集って、上からおちてくるのであろう。が、なにしろなにも見えない。ゴンドラの中まで、磨硝子《すりガラス》を隔《へだ》てて見ているような調子だ。キンチャコフは、このときとばかりに、顔のうえを流れおちる雨水《あまみず》を、長い舌でべろべろ嘗《な》めまわしている。
密雲が下にある間や、その密雲の中をくぐりぬけている間は、そうでもなかったけれど、気球が密雲をすりぬけて、それを上に仰
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