ぐようになったとたんに、俄《にわ》かに墜落感がつよく感ぜられた。眼下はひろびろとした一面の海原《うなばら》であった。そして海面までは案外近くて、ものの四五百メートルしかない。
「ああ、海だ」
「おお海だ。どこの海だろうか」
「この色は、日本海だ」
六条のいったことは、間違いでなかった。
「日本海なら、船がたくさん通るだろう。墜落しても大丈夫助かる」
とキンチャコフは、俄かに喜色をうかべていったが、なに思ったか、ポケットから例のピストルを出して六条につきつけた。
「なにをするんだ、キンチャコフ」
「いや、嚇《おどか》しではない、本気なんだ。船が見えたら、貴様は綱をひいて、気球の瓦斯《ガス》を放出して下におりて、助けられるつもりだろうが、それについて、ちと注文があるんだ」
「それはどういうことか。早くぬかせ」
「日本の船舶《せんぱく》が通っても下《お》りないことさ。つまり日本以外の船舶に救助されることをもって条件とするのさ。もちろん、貴様に異議はいわせないがね」
と、キンチャコフはピストルの引金にしっかと指をかける。
「火の玉」少尉は、別に愕《おどろ》いた顔もしなかった。
「そんなものを握っているよりは、下を船が通りやしないかどうかが、生命びろいのためにはその方が肝腎《かんじん》のことだぜ」
「ふん、うかうかそんな手にのるもんかい。飛び道具の方が勝にきまってらあ」
キンチャコフは、本性を露骨《ろこつ》にあらわして、「火の玉」少尉に擬《ぎ》したピストルをひっこめようとはしない。
(うるさい奴だ)
と思ったが、六条は別にピストルがこっちを向いているのを気にするようでもなく、ゴンドラの中から朝霧のかかった海面をじっと見下《みおろ》していた。
キンチャコフの方が、かえってふうっと溜息《ためいき》をついた。
涯《はて》なき漂流
不連続線という悪戯者《いたずらもの》がなかったら、二人のうちのどっちかは、間もなく日本海を航行中の汽船のうえに助けられたかもしれないのだ。そしてその滞空記録も、僅か十何時間で終ったかもしれないのだ。
ところが、どこにひそんでいたのか、不連続線という悪戯者が漂流気球の正面にぶつかったからたまらない。
「おう、気球がまた上りだしたぞ」
「あっ、ちがいない。おお六条。あの黒い雲を見ろ」
「思いきって、ここで瓦斯《ガス》をぬいて海面へ
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