うな紫の天鵞絨《ビロード》だった。上気した頬と、不安らしくひそめた眉と、決心しているらしい下唇とが私の眼に映じたのであった。
「栗戸さんでいらっしゃいますか」
 私に軽く首を下げた。
「それでは、川股《かわまた》を御存知の筈です。なにも仰有《おっしゃ》らずに返して下さい」
 私は咄嗟に彼女の言葉を了解した、それで私は聞いた。
「川股と貴女との御関係は?」
「父の助手で、私のためには未来の夫なのでございます」
 ううむと私は心の中で唸ったのである。相良の家庭は調べたが、助手までは考えていなかった。昨夜《ゆうべ》の襲撃の意味も漸《ようや》くわかりかけたように思った。私はずかずかと室の一隅《いちぐう》にすすみよると、扉《ドア》の把手《ハンドル》をまわした。
 猛然と、昨夜の若者は室内に躍り出でた。真弓子の姿を見ると、いきなり走りよって、私から遠くへ身をもってかばった。
「お嬢さん、こやつ怪しからぬ偽紳士《にせしんし》ですよ。探偵なんて、どうだかあやしいものだ。一昨日《おととい》の晩は、私のお預りしていた金庫に手を懸けたやつです。そればかりじゃない。先生を脅迫しているのも、こやつの差金《さしが
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