手の衣裳室《いしょうしつ》へ突進した。――二分間。
私はモーニングに身をかため、悠然《ゆうぜん》と出て来た。左手を腰の上に、背を丸く曲げると、右手で入口の扉《ドア》の鍵をカタリとねじって、
「オーライ、矢口」
と嗄《しゃが》れた声をはりあげた。
扉《ドア》がスイと開いて矢口が今朝の新聞と、盆の上に一葉の名刺を載せて入ってきた。私はとる手も遅《おそ》しとその名刺をつまみあげた。
「ウム――相良十吉《さがらじゅうきち》。おひとりだろうナ」
「イエス、サー」
「では、こちらへ御案内申しあげるんだ」
矢口の案内で、入口に相良十吉の姿が現われた。見るからに、ひどい瘠《や》せ型の、額の広いのが特に眼につく紳士である。その額には切り込んだような深い皺《しわ》が、幾本も幾本も並行に走っていて、頭髪は私と同じように真白であった。それでいて眼光《がんこう》や声音《こわね》から想像すると、まだ五十になったかならないか位らしい。
「栗戸《くりと》探偵でいらっしゃいましょうか」
「栗戸|利休《としやす》はわしです。さあどうかそれへ」
「先生で……」
あとは口の中で消して、ゴクリと唾をのんだ。泣きださん
前へ
次へ
全32ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング