はドームへ入ったことのある者のみが、知り能《あた》うところの実感だ。そこには恐しく背の高い半球状の天井《てんじょう》がある。天井の壁も鼠色にぬりつぶされている。二百畳敷もあろうかと思われる円形の土間の中央には、奇怪なプリズム形をした大望遠鏡が斜に天の一角を睨《にら》んでいる。傍《かたわ》らのハンドルを廻すとカラカラと音がして、球形の天井が徐々に左右へ割れ、月光が魔法使いの眼光《がんこう》でもあるかのように鋭くさしこむ。今一つのハンドルを廻すと、囂々《ごうごう》たる音響と共に、この大きな半球型の天井が徐々にまわり始めるのだった。
「先生、あと五分しかありません」
 襲撃事件でわれ等は貴重なる時間を空費《くうひ》し過ぎた。
「それでは。――相良さん。御依頼の件の御報告をいたします。口で申上げるよりも、根賀地研究員のおさしず通りにやって下さるのがいいと思います。じゃ根賀地君。順序通りにやって下さい」
 先程から相良十吉はワナワナと慄《ふる》えているのだった。彼は冷静と放胆《ほうたん》とを呼びもどそうと、懸命に頭を打ちふり、頤《あご》をなでているのだった。
「相良さん、これから覗《のぞ》いて下さい。これは一番倍率の低い望遠鏡で見た月の表面です」
 相良十吉は、おそるおそる前へ出て、大望遠鏡の主体についた小さい副望遠鏡をのぞきこむのであった。
「では、こんどはこちらを……。少し倍率が大きくなりました。カルレムエ山脈が、少し大きく見えるでしょう。それは更にこちらの方を御覧になるともっと大きくなります。
 それでは、いよいよメーンの望遠鏡です。カルレムエ山脈第一の高峰ウルムナリ山巓《さんてん》が見えるでしょう。こんなに大きく見える望遠鏡を持っているのはこの中央天文台だけです。有名なウィルスン天文台の一番大きい望遠鏡でもこの千分の一しか出ません」
 相良十吉は望遠鏡に吸いついたようになっていた。月が隠れるまでにもうあと二分|弱《じゃく》。
「こちらに把手《クランプ》があります。これをねじると、ピントが月の表面からだんだんと地球の方へ近よって来ます。隕石《いんせき》が飛んでいるのが見えるでしょう。これで二千キロメートルだけ近くなりました。この調子でかえて行きますよ。見えますか。さて、気をつけていて下さい。左下の部分に現われて来るものに……」
 キャーッと魂切《たまぎ》る悲鳴が起った。
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