ょう》に、何だか見慣れない奇妙な形の器械が、クルクルと廻転しているのが見えた。そうだ。佐世保《させぼ》軍港で、得態《えたい》の知れぬ兵器を搬入《はんにゅう》したことがあったが、あれに違いない。
 ああ、新兵器、怪力線!
 皇国《こうこく》は美事に救《すく》われた。
 怪力線の発明者は誰だ。
 千手《せんじゅ》大尉は、旗艦陸奥を呼ぶために、短波のラジオ受信機のスイッチを入れた。
 するとどうした具合であったか、感激に満ちた若い女性の声が聞えて来た。
「おや、この戦争の真唯中《まっただなか》だというのに、婦人が一体何を放送しているのだろう?」
 人一倍、呑気《のんき》ものの千手大尉は、それをよく聞いてみるつもりで、ダイヤルをグッと廻した。厚い飛行帽の中にとりつけられた受話器には、手に取るような、その女性の言葉が聞えてきたのだった。
「――皆さん、わが帝国は、遂《つい》に勝ちました。さしも世界に誇った米国の太平洋大西洋の聯合艦隊も、わが海軍の沈着な戦闘によって、半数は、太平洋の海底深く沈み、残りの半数は戦闘力を失い、或は白旗《はっき》をあげて降服いたしました。遠く北満ではわが精鋭なる陸軍の奮戦によりまして労農ロシア軍を、興安嶺《こうあんりょう》の彼方遠く撃退することが出来ました。それから、米国の大艦隊に従い、日本へ攻め寄せて来た二千台の大空軍はどうなったでしょうか。又アラスカ半島から襲来して参りました大飛行船隊はどうなったでございましょうか。それは、わが陸海軍の航空隊と、私達の持って居ります愛国防空隊との活躍によって多大の損傷《そんしょう》を与えることが出来ましたが、しかし最後の一戦を挑《いど》んで帝都へ押寄せて来ました飛行船飛行機の数は、無慮《むりょ》一千五百機。これを撃破するには、あまりに手薄いわが空軍の勢力でございました。ところが、皆さんが唯今帝都の上空に於て、親《した》しく御覧になりましたとおり、あの巨人のようなロスアンゼルス以下の飛行船も、ボーイング、カーチスの優秀飛行機も、ボール紙が燃えるように一瞬の間に焼け落ちてしまったのでございます。ああ、これは何という奇蹟でございましょう。しかし皆さん、これは奇蹟などという馬鹿げたものではございません。これこそ吾が科学界の明星《みょうじょう》、戸波博士の御発明になる怪力線《かいりょくせん》の偉力《いりょく》でございます。しかし博士は謙遜《けんそん》されて申されます。怪力線はほんのお手伝いをしたのに過ぎない。本当に外敵《がいてき》を撃退し得た力は、伝統を誇るわが陸海軍々人の勇敢なる戦闘力と、その背後に控えた国民の覚悟と協力、ことに防空問題についての理解と準備とが十二分に行われた結果であると申されます。その辺の判断は、皆さんのお心委《こころまか》せとし、いまや太平洋を征服し、東洋民族の盟主《めいしゅ》として仰がれることになりました新日本の光輝《こうき》ある黎明《れいめい》を迎えるに当り、その尊《とうと》き犠牲となったわが戦士と不幸な市民たちを弔《とむら》い、又アメリカ主義に患《わずら》わされて西太平洋の鬼となった米軍の空襲勇士たちのために、前に聞かせて頂いた空襲葬送曲を、唯今《ただいま》放送を以て、遠く米国本土にまで、お返ししようと思うのでございます。――」
 ショパンの、腸《はらわた》を断《た》つような、悲痛なメロデーに充ちた葬送行進曲が、ピアノの鍵盤《キイ》の上から、静かに響いて来た。
 涙をソッと押さえてJOAKのスタディオに弾《だん》ずるのは、奇しい運命の下に活躍した紅子《べにこ》だった。僅《わず》か一旬《いちじゅん》のうちに、弦三と素六の兄弟と、優しい母と姉とを喪《うしな》った彼女は、この次の、父の誕生日に集るであろうところの、僅か半数になった家族のことを想って、胸のせまるのを覚えた。
 しかし戦死したと思った伊号一〇一乗組の、紅子の大好きな直二《なおじ》兄が、無事な姿をひょっくり現わすだろうことを思えば、いつとはなしに微笑《ほほえ》まれて来るのであった。



底本:「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」三一書房
   1990(平成2)年10月15日第1版第1刷発行
初出:「朝日」
   1932(昭和7)年5月〜9月号
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2007年1月5日作成
2007年9月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全23ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング