。その中の一人は、マスクの上から、白い布で、いたいたしく、頭部をグルグル捲《ま》きにしていた。
 消防自動車は、ヨロヨロよろめきながら、燃えあがる建物めがけて、驀進《ばくしん》していった。二人の消防手は、いつの間にか、舗道《ほどう》の消火栓の前で、力をあわせて、重い鉄蓋《てつぶた》をあけようと試みていた。
 郊外へ遁《に》げようと、洪水のように押出してきた、さしもの大群衆も、前面から襲ってきた毒瓦斯に捲きこまれて、一溜《ひとたまり》もなく、斃《たお》れてしまった。雑沓《ざっとう》の巷《ちまた》は、五分と経たぬ間に、無人郷《ノーマンズ・ランド》に変ってしまった。その荒涼《こうりょう》たる光景は、関東大震災の夜の比ではなかった。
 大通りのところどころには、それでも、三人、五人と、異様な防毒マスクを嵌《は》めた人達が集結して、ゴソゴソやっていた。
「どんな人を、救護しますか」
 大蜻蛉《おおとんぼ》の化物のような感じのする防毒マスクが二つ倚《よ》り合《あ》って、辛《かろ》うじて、こんな意味を通じた。
「救護して、あとで戦闘ができそうな人を選べ!」
 一方が、赤色手提灯《あかいろてちょうちん
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