ぜ。どうせ、今夜は、仕事が休みなんで」
「僕は、早く研究室へ行きたい――」
「あっし[#「あっし」に傍点]が力を貸しましょう。皆、向うから、こっちを向いてくるのに、先生とあっし[#「あっし」に傍点]だけは、逆に行くんだ。裏通をぬけてゆかなくちゃ、迚《とて》も、進めませんぜ」
「君は、防毒マスクを持ってるかい」
「持ってませんよ、そんなものは」
「それでは、毒瓦斯がやってくると、やられちまうぞ。悪いことは云わぬ。その辺の、毒瓦斯避難所へ、隠れていたまえ。生命が無くなるぞ」
「毒瓦斯かネ」印袢纏は、やや悲観の声を出した。「先生、手拭《てぬぐい》では駄目かネ」
「手拭じゃ駄目だ」
「手拭に、水を浸《ひた》しては、どうかネ」
「そんなことで、永持ちするものか」
「そいつは、弱ったな」
二人が、押問答をしているとき、新宿の大通りでは、突如として、修羅《しゅら》の巷《ちまた》が、演出された。
うわーッという群衆の喚《わめ》き声《ごえ》が、市外側の方に起った。それに交って、ピリピリと、警笛が鳴った。
「瓦斯弾が、落ちたぞオ」
「毒瓦斯がきたぞオ」
どッと、避難民の群は、崩れ立った。
避難路の
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