今夜は閑暇《ひま》になったもんだから、一つ市中へ出てみようと思うんで」
「ナニ、閑暇《ひま》だから、市中へ出る――」髯は、髯をつまんで、苦笑した。「それにしては、すこし、空中も、地上も騒がしいぞ」
 その言葉を、裏書するように、どーンと又一つ、火柱が立った。赤坂の方らしい。
「あっし[#「あっし」に傍点]は、平気ですよ」印袢纏が言った。「ねえ旦那、アメリカの飛行機が、攻めて来たかは知らねえが、東京の人間たちのこの慌《あわ》て加減は、どうです。震災のときにも、ちょいと騒いだが、今度は、それに輪を十本も掛けたようなものだ。青年団が何です。消防隊が何です。交通整理も、在郷軍人会も、お巡りさんも、なっちゃいない。第一、あっし[#「あっし」に傍点]達の献納《けんのう》した愛国号の働きも、一向無いと見えて、この爆弾の落っこちることァ、どうです。防護隊というのがあるということだが、死人同様だァな、畜生」
 髯は無言で、場所を出てゆこうとしたが、生憎《あいにく》、又ピカリと窓硝子が光ったので、印袢纏《しるしばんてん》に発見されてしまった。
「旦那、行くんなら、あっし[#「あっし」に傍点]も、お伴します
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