果然《かぜん》、マニラ飛行第四聯隊の目標は、帝都の空にあったのだった。
 東京警備司令部内は、眼に見えて、緊張の度を高めていった。
 浜松の飛行聯隊が、折柄《おりから》のどんより曇った銀鼠色《ぎんねずみいろ》の太平洋上に飛び出していった頃から、第三師団司令部からの報告は、直接に高声器の中に入れられ、別府大将の前に据えつけられた。将軍は、胡麻塩《ごましお》の硬い髯を撫で撫で、目を瞑《と》じて、諸報告に聞き惚《ほ》れているかのようであった。
 この場の将軍の様子を、遠くから窺《うかが》っていたのは、高級副官の湯河原中佐だった。彼は何事かについて、しきりに焦慮《しょうりょ》している様《よう》でもあった。だが其の様子に気付いていたものは、唯の一人も無いと云ってよい。なぜならば、中佐を除いたこの室の全員は、刻々にせまる太平洋上の空中戦の結果はどうなるか、という問題に、注意力の全体を吸収せられていたからだった。
 軈《やが》て、中佐は何事かを決心したものらしく、ソッと立つと、入口の扉《ドア》を静かに押して、外に出た。
 アスファルトの廊下には、人影がなかった。
 中佐は、壁に背をつけた儘《まま》
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