云った。
「シナ相手の戦争は儲らんで困るね」父親が浮かぬ顔をした。
「まア、お父様は慾ばってんのねえ」と紅子が、わざとらしく眼を剥《む》いた。
「○国てどこなの、兄さん」と素六が弦三の腕をゆすぶった。
「僕には解らないこともないが……」弦三は唇をゆがめて小さい弟に答えた。
「どうせ日本の相手はアメリカだよ」黄一郎が、ずばりと云った。
「お父さん、この瓦斯《ガス》マスクを、新しい意味で受取って下さい」
弦三の顔は、緊張にはちきれそうだった。
「そんなに云うなら」
と長造は、自分のお尻のそばに転っている不恰好な愛児の製作品をとりあげて云った。
「お父|様《さん》はお礼を云ってしまっとくよ」
そのとき、戸外では、号外売りの、けたたましい呼声が鈴の音に交って、聞こえ始めた。そして、また別な号外売りがあとからあとへと、入《い》れ代《かわ》り立《た》ち換《かわ》り、表通《おもてどおり》を流していった。
晴やかな笑声に裹《つつ》まれていた一座は、急に沈黙の群像のように黙りこくって仕舞《しま》った。
下田家の奥座敷には、先刻《さっき》とはまるで異った空気が流れこんだように思われた。誰もそれを
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