た、いい日が廻ってきますよ、あなた」お妻は、夫の商談がうまく行かなかったらしいのを察して、慰《なぐさ》め顔《がお》に云った。
「……」長造は、無言で長火鉢《ながひばち》の前に胡座《あぐら》をかいた「おや、ミツ坊が来ているらしいね」
小さい毛糸の靴下が、伸した手にひっかかった――白梅《しらうめ》の入った莨入《たばこいれ》の代りに。
「いま、かアちゃんと、お湯《ぶう》に入ってます。一時間ほど前に、黄一郎《きいちろう》と三人連れでやって来ました」
「ほう、そうか、この片っぽの靴下、持ってってやれ。喜代子《きよこ》に、よく云ってナ、春の風邪《かぜ》は、赤ン坊の生命《いのち》取りだてえことを」
「それが、あの児、両足をピンピン跳ねて直ぐ脱いでしまうのでね、あなた今度見て御覧なさい、そりゃ太い足ですよ、胴中《どうなか》と同じ位に太いんです」
「莫迦《ばか》云いなさんな、胴中と足とが、同じ位の太さだなんて」
「お祖父《じい》さんは、見ないから嘘だと思いなさるんですよ。どれ持ってってやりましょう」
お妻は、掌《てのひら》の上に、片っぽの短い靴下を、ブッと膨《ふく》らませて載《の》せた。それがお妻に
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