チ》の列車砲の集中砲火を喰《く》って、その半数以上が一夜のうちにやられたということじゃ。何しろ強風雨のうちだから、空軍は手も足も出ず、さぞ無念じゃったろう」
「閣下。オロンガボオ要塞《ようさい》は、まだ占領出来ませんか」別の将校が訊《き》いた。
「呉淞砲台《ウースンほうだい》のように、簡単にはゆかんようじゃ。海軍でも、早く陥落《かんらく》させて、太平洋に出なけりゃならんのじゃ、何しろ、連日のように最悪の気象に阻止《そし》せられて、頼みに思う空軍は全く役に立たず、そうかと云って、無理に進むと、それ、あの金剛《こんごう》や妙高《みょうこう》のように、機雷をグワーンと喰わなきゃならんで、今のところ低気圧の散るのを待たねば、艦隊は損傷が多くなるばかりじゃ。それがまた、あまり永くは待てんでのう。どうも困ったものじゃ」
「中部シナ方面の戦況は、大分発展を始めたらしいですな」前の参謀が、短い口髭《くちひげ》に手を持っていった。
「だが、どうも感心できん」別府将軍は、トンと卓子《テーブル》を叩いた。「こうなると、戦線が伸びるばかりで、結局要領を得にくくなる。杭州《こうしゅう》や寧波《ニンポー》などに、米軍がいつまでも、のさばっていたんでは、今後の戦争が非常に、やり憎《にく》い」
「米国の亜細亜艦隊は、通称『犠牲艦隊』じゃというわけじゃったが、中々やりますなア」
「犠牲艦隊じゃったのは四五年前までのことじゃ。日本が東シナ海を、琉球《りゅうきゅう》列島と台湾海峡で封鎖すれば、どんなに強くなるかということは、米国がよく知っている。この辺は、日本の新生命線じゃ。そいつを亜細亜艦隊でもって、何とか再三破ってやらなければ、米国海軍[#「米国海軍」は、底本では「日本海軍」]は安心して、主力を太平洋に向けることができない。艦齢は新しいやつばかりで、ことに航空母艦が二隻もあるなんて、中々犠牲艦隊どころじゃない」
「昨日詳細なる報告が海軍からありましたが」と、又別な参謀が口を切った。「米国の太平洋沿岸で暴れた帝国潜水艦隊の損得比較は、どういうことになりましょうか」
「これはやや出来がよかった」別府将軍は、始めて莞爾《にっこり》と、頬笑《ほほえ》んだ。「伊号一〇二は巧く引揚げたらしいが、行方不明の一〇一と、戦艦アイダホの胴中に衝突して自爆した一〇三とを喪《うしな》ったのに対し、米国聯合艦隊側では、アイダホとアリゾナを亡《な》くし、約六万|噸《トン》を失った上、航空母艦サラトガに多大の損傷を受けたというから、まず帝国海軍の筋書程度までは成功したと云ってよいじゃろう。これで米国聯合艦隊も、相当|胆《きも》を潰《つぶ》したと思う。金剛と妙高とを、南シナ海で喪った帝国海軍も、これで戦前と同率海軍力《どうりつかいぐんりょく》を保てたというわけじゃ」
「伊号一〇一は、爆雷にやられて、海底にもぐりこんだそうですが、特務機関の報告によると、海面に湧出《ゆうしゅつ》した重油の量が、ちと少なすぎるという話ですな」
「ほほう、そうかの」将軍は初耳らしく、その参謀の方に顔を向けた。「だが重油が流れ出すようでは、所詮《しょせん》助かるまい」
「いや、それが鳥渡《ちょっと》面白い解釈もあるんです。というのは……」
そこへ遽《あわ》ただしく、伝令兵が大股で近よると、司令官の前に挙手《きょしゅ》の礼をした。
「お話中でありますが」と伝令兵は大きな声で怒鳴《どな》った。「唯今第四師団より報告がありました」
司令官の側に、先刻《さっき》から一言も吐かないで沈黙の行《ぎょう》を続けていた有馬参謀長が佩剣《はいけん》をガチャリと音させると、「よオし、読みあげい」と命じたのだった。
「はッ」伝令兵は、左手に握っていた白い紙をツと目の前に上げると、声を張りあげて、電文を読んでいった。「昭和十×年五月十五日午後五時三十分。第四師団司令部発第四〇二号。和歌山県|潮岬《しおのみさき》南方百キロの海上に駐在せる防空監視哨《ぼうくうかんししょう》の報告によれば、米軍《べいぐん》に属する重爆飛行艇三台、給油機六台、攻撃機十五台、偵察機十二台、戦闘機十二台合計四十八機よりなる大空軍《だいくうぐん》は、該《がい》監視哨の位置より更に南南西約五キロメートルの空中を、戦闘機は二千五百メートルの高度、他はいずれも二千メートルの高度をとり、各隊毎に雁行形《がんこうけい》の編隊を以て、東北東に向け飛行中なり。終り」
「うむ、御苦労」参謀長は、伝令の手から、電文を受取って、云った。
伝令兵は、再び挙手の礼をすると、同じ室《しつ》の、一方の壁に並んだ、夥《おびただ》しい通信パネルの傍へ帰っていった。そのパネルの前には、通信兵員が七八名も並び、戴頭受話機《たいとうじゅわき》をかけて、赤いパイロット・ランプの点《つ》くジャックを覘《ね
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