ていた飛行機を送り出すと、手際《てぎわ》も鮮《あざや》かに、再び水底深く潜航して行った。
潜水艦から離れた艦上機の操縦席についていたのは、別人《べつじん》ならぬ花川戸《はなかわど》の鼻緒問屋《はなおどんや》の二番息子の直二《なおじ》であった。前に戦死と認知《にんち》されて、死亡通知の発せられた幽霊人《ゆうれいじん》だった。しかし彼は傷《きずつ》いた艦と共に、辛苦を分かち、墨西哥《メキシコ》の某港《ぼうこう》によって秘かに艦の修理に従事し、その完成を待って、再び太平洋の海底にもぐり、僚艦と一緒に、秘密の行動についていたのであった。
直二と先任将校の乗っている艦上機は、予定通り、近所を航進中の、駆逐艦|山風《やまかぜ》に救い上げられた。山風は直ちに隊列を離れて、旗艦陸奥《きかんむつ》に向けて急航して行った。やがて彼等は、大鳴門《おおなると》司令長官の前に立って、米国艦隊の退路を絶つ機雷の敷設《ふせつ》状況と、なお布哇《ハワイ》攻略の機が如何に熟しているかを、審《つぶ》さに報告することであろう。
それは後のこととして、主力艦を瞬時《しゅんじ》の裡《うち》に、三隻までも失った米艦隊は、やっと東洋遠征に誤算のあったことを気付いた。と云って、此処《ここ》まで来て引上げることは許されないことであった。ブラック提督は、海軍の敗戦を、何とかして、空軍の強襲によって、取戻そうと決心した。
彼は厳然《げんぜん》たる威容を、とりもどして、即時全空軍に命令を発した。
「今より吾が米国聯合艦隊所属の空軍二千機は、一機をも剰《あま》すところなく直ちに艦上を離れ、空中に於て強行戦闘隊形を整《ととの》え日本艦隊及びそれに属する空軍とを撃破し、以て吾が艦隊の不利なる戦績を救済《きゅうさい》すべし。尚《なお》余力《よりょく》あるに於ては、長駆カシマ灘《なだ》よりトーキョー湾に進撃し、首都トーキョー及びヨコハマの重要地点を攻撃すべし。ブラック提督」
この一大決心を含めた命令が各隊に伝わると、飛行隊の将卒は、非常なる感激に打たれた。六対十の比率に安心していたのも空《むな》しく、今自分達が出て奮戦しないと、この儘《まま》懐しい故郷へ帰れないことになるらしいのであった。残された唯一つのチャンスを掴《つか》むことについて、不熱心になるものは誰一人として無かった。
「さア、ジャップの奴を、のしてしまえ」
「行こう、行こう。メリーのために」
忽《たちま》ち米艦隊の真上には、蜜蜂《みつばち》の巣を突《つつ》いたように、二千台の戦闘、偵察、攻撃、爆撃のあらゆる種類を集めた飛行機が一斉に飛び上った。天日は俄かに暗くなった。
これに対して、精鋭を謳《うた》われた皇軍の飛行機は、三百台ばかりが飛んでいたが敵の大空軍に較べて、なんと見窄《みすぼら》しく見えたことであったか。流石《さすが》に沈着剛毅な海軍軍人たちもこの明かな数量の上の不釣合に重苦しい圧力を感ぜずにはいられなかった。
勝敗は、何処《いずこ》へ行く?
愛国者よ頑張《がんば》れ
千葉県を横断して、茨城県に通ずる幅の広い県道を、風を截《き》って驀進《ばくしん》する一台の幌自動車があった。スピード・メーターの指度は四十|哩《マイル》と四十五哩との間に揺《ゆら》めいているほどの恐ろしい高速度であった。
「もう水戸が見える筈だ」そう云ったのは、賊を追って、お茶の水の濠傍《ほりわき》から、戸波研究所の地下道を突撃して行ったことで顔馴染《かおなじみ》の、参謀|草津《くさつ》大尉であった。
「まだ飛行機は見えないようですな」張《は》り仆《たお》されるような窓外《そうがい》へ首を出したのは、例の私立探偵帆村荘六に外《ほか》ならなかった。
「ねえ帆村さん」もう一つの声が、隅ッ子のクッションから聞こえた。大きな図体《ずうたい》の男、それは戸波博士の用心棒だった筈の山名山太郎であった。「先生は、大丈夫でしょうな」
「なんとも云えない」帆村は、唇を僅かに綻《ほころ》ばして云った。「なにしろ用心棒の山名山太郎氏が傍にいないものだからネ」
「もうそいつは言いっこなしにしましょう」
山太郎は極《きま》りわるそうに頭を抱えた。
どうやら一行の目的は、国宝の科学者戸波博士を捜し出そうということにあるらしい。
「茨城県磯崎に『狼《ウルフ》』の巣を見付け出したのは、何といっても驚嘆《きょうたん》すべきお手柄だ」草津大尉は、前方を注視しながら、独言《ひとりごと》のように云った。
「いやそれは二人の女性の手柄なんです。一人は危険を覚悟で『狼《ウルフ》』の身辺《しんぺん》につきまとっている紅子《べにこ》というモダン娘、もう一人は、紅子の密書を拾って逸早《いちはや》く僕のところへ通報して寄越した真弓《まゆみ》という若い女」
「ほほう、密書を
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