ッ、ぱッ、ぱッ、ぱッ――
敵軍の偵察艦隊から、殆んど同時に、真黄色《まっきいろ》な煙が上った。十門|宛《ずつ》の八|吋《インチ》砲《ほう》が、一斉に火蓋を切ったのだった。
ど、ど、ど、どーン。
ぐわーン、
加古《かこ》、古鷹《ふるたか》、青葉《あおば》、衣笠《きぬがさ》の艦列から千メートル手前に、真白な、見上げるように背の高い水煙が、さーッと、奔騰《ほんとう》した。どれもこれも、一定の間隔を保って、見事に整列していた。もう千メートルほど、近かったら、我が軍の精鋭なる巡洋艦隊は、可也《かなり》大きい損傷を蒙《こうむ》る筈であった。
五秒、十秒、十五秒、煙りが、斜横に、静かにずれて行った。
シカゴ、ルイズヴィル、ハウストン、イリノイ、フェニックスの砲口は、次の射撃に備えるために、じわじわと仰角《ぎょうかく》をあげて行くのが見えた。
司令艦衣笠の司令塔からは、全艦へ向って急遽《きゅうきょ》命令が伝達された。
「全速力三十六|節《ノット》!」
驚くべき命令が発せられた。
給油管は全開となり、喞筒《ポンプ》はウウーンと重苦《おもくる》しい呻《うな》りをあげ激しい勢いで重油がエンジンに噴《ふ》きこまれて行った。ビューンとタービンは、甲高い響をあげて速力を増した。機関室の温度計の赤いアルコール柱はグングン騰《あが》って行った。
途端《とたん》に、艦列を斜めに外《そ》れて、又一連の水煙りが上った。二度目の砲弾が降って来たのだった。照準は、最初よりも狂いがひどく入って来たので、敵艦隊は、明かに狼狽《ろうばい》の色を見せはじめた。
「取舵《とりかじ》一杯」
司令艦の衣笠《きぬがさ》から青葉《あおば》、古鷹《ふるたか》という順序で見る見るうちに、艦首が左へ、ググッと曲って行った。
キリキリキリー
それに応じて、六門の主砲が、右舷の方へ旋回して行った。
測距儀《そっきょぎ》に喰い下っている士官は、忙しく数字を怒鳴っていた。砲術長は、高声器から、射撃命令を受けとると腕時計を見守りながら電気発火装置の主桿《しゅかん》を、ぐッと握りしめた。
(もうあと、五秒、四秒、三秒、二秒……)
もう一秒だッ。
「そこだッ!」
ううーンと主桿を倒した瞬間に、くらッくらッと眩《くら》むような閃光が煌々《こうこう》と、続いてずしーンと司令塔が真二つに裂けるような、音とも振動ともつかない大衝動《だいしょうどう》が起った。
「うう、見事に命中! おお、シカゴは、弾薬庫をやられて、爆発を始めたぞオ」
「うわーッ、万歳」
「万歳はまだ早い。止《とど》めの一弾を、早く用意せいッ」
主砲係りの兵員は、火薬の煙に吹かれた真黒な顔の中から、キリリと白い歯列を見せて、一弾又一弾と、重い砲弾を装填《そうてん》していった。
敵の最前列を占めていた巡洋艦隊は、次第に列を乱して行った。
その隙《すき》を目懸《めが》けて、摩耶《まや》を司令艦とする高雄《たかお》、足柄《あしがら》、羽黒《はぐろ》などの一万噸巡洋艦は、グングン接近して行った。的《まと》と覘《ねら》うは、レキシントン級の、大航空母艦であった。
しかし、米国の誇りとする軽巡洋航空母艦隊は逸早《いちはや》くその企《くわだ》てを知って、ますます空中に数を増す空軍の中から、快速力と爆撃力とに優れたカーチス[#「カーチス」は底本では「カーチン」]の攻撃機隊の六隊四十二機に命令して、那智、羽黒の艦上に襲いかからしめた。
これを見て取った我が竜城《りゅうじょう》に属する三六式戦闘機隊は、二十四機が翼を揃えて、見る見る裡《うち》にカーチス機隊の上空を指して急行した。
敵のボーイング機隊が、北方に流れる浮雲《うきぐも》の中から現われて、これを圧迫する態度を示した。
その隙に大航空船メーコン号、ラオコン号の側面に我が飛行艇隊が近づいて行った。メーコンとラオコンとの艦腹《かんぷく》に開く強力なる機関砲は、鼻を並べて、殷々《いんいん》たる砲撃を開始した。
日米両艦隊の戦闘は、いまや順序を捨て、予測を裏切り、いずれが進むか退《ひ》くか、俄《にわ》かに計り知ることの出来ない疑問符号に包まれた。
胸をふさぐような煙硝《えんしょう》の臭い、叫び声をあげて擦《す》り脱《ぬ》ける砲弾、悪魔が大口を開いたような砲弾の炸裂、甲板《かんぱん》に飛び散る真紅な鮮血と肉塊《にくかい》、白煙を長く残して海中に墜落してゆく飛行機、波浪《はろう》に呑《の》まれて沈没してゆく艦艇から立昇る真黒な重油の煙、鼓膜《こまく》に錐《きり》を刺《さ》し透《とお》すような砲声、壁のように眼界を遮《さえぎ》る真黄色の煙幕、――戦闘は刻々に狂乱の度を加えて行った。
その頃、米国艦隊の主力は、十六隻の単横陣《たんおうじん》を作り、最も後方にいたが、漸《ようや
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