真正面から衝突したのであった。地点は、正しく北緯四十度、東経百五十度附近の海上で、青森県を東へ行くこと九百キロのところだった。
主力の距離は、まだ五万メートルからあって、火蓋を切るところまでは行かなかったけれど、隊形は、米国艦隊が飽くまで南西の進路を固執《こしつ》し、一挙|鹿島灘《かしまなだ》から東京湾を突こうというのに対し、我が日本艦隊は真南から襲い懸って、一艦一機を剰《あま》さず、太平洋の底に送り込もうというのであった。
航空母艦から飛び出して、敵艦隊の動静を窺《うかが》っていた両軍の偵察機隊が、定石通《じょうせきどお》りぶっつかって行った。真先に火蓋《ひぶた》を切ったのは、米国軍だった。シャボン玉でも吹き出した様《よう》に、パッパッと、真白な機関銃の煙が空中を流れた。わが偵察機は、容易に応射の気配《けはい》もなく、無神経に突入して行った。
真下《ました》の海上では、米軍の偵察艦隊が漸《ようや》く陣形をかえ、戦闘隊形へ移って行く様子であった。これに対して米軍の駆逐艦隊は可也《かなり》高い波浪《はろう》にひるんだものか、それとも長い航洋に疲れを見せたものか、ずっと側面《そくめん》に引返して行った。
日本艦隊の加古《かこ》、古鷹《ふるたか》、衣笠《きぬがさ》以下の七千|噸《トン》巡洋艦隊は、その快速を利用し、那智《なち》、羽黒《はぐろ》、足柄《あしがら》、高雄《たかお》以下の一万噸巡洋艦隊と、並行の単縦陣型《たんじゅうじんけい》を作って、刻々《こくこく》に敵艦隊の右側《うそく》を覘《ねら》って突き進んだ。
その背後には、摩耶《まや》、霧島《きりしま》、榛名《はるな》、比叡《ひえい》が竜城《りゅうじょう》、鳳翔《おうしょう》の両航空母艦を従《したが》え、これまた全速力で押し出し、その両側には、帝国海軍の奇襲隊の花形である潜水艦隊が十隻、大胆にも鯨《くじら》の背のような上甲板《じょうかんぱん》を海上に現わしながら勇しく進撃してゆくのであった。
そのまた左翼にやや遅れて、我が艦隊の誇るべき主力、旗艦|陸奥《むつ》以下|長門《ながと》、日向《ひゅうが》、伊勢《いせ》、山城《やましろ》、扶桑《ふそう》が、千七百噸級の駆逐艦八隻と航空母艦|加賀《かが》、赤城《あかぎ》とを前隊として堂々たる陣を進めて行くのであった。
別動隊の、大型駆逐艦隊は、やや右翼前方に独立して、米国潜水艦隊を警戒すると共に機会さえあれば、敵陣の真唯中へ、魚雷《ぎょらい》を叩きこもうとする気配を示していた。
艦数に於ては劣っているが、永年全世界の驚異の的である此の「怪物艦隊」は、待ちに待ったる決戦の日を迎え、艦も砲も飛行機も兵員もはちきれるような、元気一杯に見えた。
旗艦《きかん》陸奥《むつ》の檣頭《しょうとう》高く「戦闘準備」の信号旗に並んで、もう一連《いちれん》の旗が、するすると上って行った。
「うむ」
「おお」
艦隊の戦士たちは、言葉もなく、潮風《しおかぜ》にヒラヒラとひらめく信号旗の文句を、心の裡《うち》に幾度となく、繰返し読んだ。
「建国二千六百年のわが帝国の存亡《そんぼう》此《こ》の一戦に懸る。各兵員|夫《そ》れ奮闘せよ」
おお、やろうぜ!
さア、闘おうぞ!
大和民族の腕に覚えのほどを見せてやろう。
一死報国!
猪口才《ちょこざい》なりメリケン艦隊!
――各艦の主砲は、一斉にグングン仰角《ぎょうかく》を上げて行った。
弾薬庫は開かれ、砲塔の内部には、水兵の背丈ほどある巨弾が、あとからあとへと、ギッシリ鼻面《はなづら》を並べた。
カタパルトの上には、攻撃機が、今にも飛び出しそうな姿勢で、海面を睨《にら》んでいた。
艦橋の上に、器用に足を踏まえている信号兵は、目にも止まらぬ速さで、手旗を振っていた。
高い檣《ほばしら》の上からは、戦隊と戦隊との連絡をとるために、秘密の光線電話が、目に見えない光を送っていた。
ぶるン、ぶるン、ぶりぶりぶり――
航空母艦の飛行甲板からは、一台又一台と、殆んど垂直の急角度で、戦闘機が舞い上ってゆくのであった。灰白色《かいはくしょく》の機翼に大きく描かれた真赤な日の丸の印が、グングン小さく、そして遠くなって行った。
一隊又一隊と、空中では何時《いつ》の間にか、三機、五機、七機と見事な編隊を整《ととの》え、敵の空中目指して突入して行った。
遥《はる》か後方からは、爆撃機の一隊が、千百メートル、千二百メートルと、だんだん高度を高めて行くのが見えた。厚いフロートのついた大きな飛行艇は、やっと波浪の高い海面から離れ、主力艦の列とすれすれに飛んでいた。
一秒一秒と、両軍の陣形は、目に見えて著《いちじる》しい変化を示して行った。息づまるような緊張が、兵員たちの胸を、ビシビシと圧しつけて行った。
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