、浩も、真弓も、聞いて貰いたいことがあるんだ。外《ほか》でもないが、いよいよアメリカの飛行機が、この浜の上へ沢山攻めてくるということだが、聞けば、監視に立つ人数が足りないと、町長さんの話じゃ。何でも、防空監視哨というのは、眼と耳とが確かならば勤《つとま》るそうじゃが、其処で考えたことがある。お前達も知っているとおり、わし[#「わし」に傍点]は元、海軍工廠《かいぐんこうしょう》に勤めていたものの、不幸にもウィンチが切れ、灼鉄《しゃくてつ》が高い所から、工場の床にドッと墜ち、それが火花のように飛んで来て眼に入り、退職しなけりゃならなくなって、それからこっち、お前達にも、ひどい苦労を嘗《な》めさせた。おれはいつも済まんと思っているよ」
「お父さん、愚痴《ぐち》なら、云わん方がいいですよ」浩が心配して口を挿《はさ》んだ。
「いや、今日は愚痴ばかり並べるつもりじゃないのじゃ」老父《ろうふ》は強く首を振って云った。「そんなわけで、わしは、海軍工廠をやめたが、お国のために尽《つく》そうという気持は、更に変らないのじゃ。変らないばかりじゃあ無い。先刻《せんこく》のように、折角大事の防空監視哨に立つ人が無いと聞くと、残念で仕方がないのじゃ。そこでわしは考えた。何とかして自分がお役に立つ方法はないものかと。わしは眼こそ見えないが、耳は人一倍に、よく聞こえる。盲目になってから、特によく聞こえるような気持がするのじゃ。だがいくら耳が聞こえるからといって、盲目ではお役に立たない。そこでわしは、相談をするのじゃが、殊《こと》に真弓に考えて貰いたいと思うのじゃが、わしは孫の三吉を連れて監視哨の物見台へ上ろうと思うのだよ」
「ああ、お父さん、そんなこと、いけないわ」
「なあに、わしのことは、心配いらぬよ。こんな身体でお役に立てば死んでも本望《ほんもう》だ。ただ三吉を連れて行くのは、可哀想でもあるけれど、あれは案外平気で、行って呉れるだろうと思う」
「そうだよ。お祖父《じい》ちゃんとなら、どこへでも連れてって貰うよ」無心の三吉が、嬉しそうな声をあげた。
「三吉は、まだ七つだけれど、恐ろしく目のよく利く奴さ。三吉の目と、わしの耳とを一つにすると、一人前《いちにんまえ》の若者よりも、もっといいお役に立つかと思う位だよ」
「三吉は、小さいときから、父親のない不幸な子だ。それを又ここで苦しめるのは、伯父として忍びないです」
「ああ、兄さんも、お父さんも、ありがとう。どっちも、三吉の身の上を、それぞれ思っていて下さるのです。あたしは決心しました。三吉も、お祖父さんと行きたいと云っている位だから、あたしは母親として、それを許しますわ。今は、日本の国の、一つあっても二つあるとは考えられない非常時です。この磯崎では、一人の三吉を不憫《ふびん》がっていますけれど、あすこから電話線を伝《つた》って行ったもう一つの端の東京には、三吉みたいな可愛いい子供さんが何十万人と居て、同じようにアメリカの爆弾の下に怯《おび》えさせられようとしているんです。そのお子さん達の親たちは、お父さんも、あたしのような母親も、どんなにかせめて子供達だけにでも、空襲の恐怖から救ってやりたいと考えていらっしゃるか知れないんです。あたしはそれを思うと、その大勢の同胞のために、喜んで三吉を、防空監視哨の櫓《やぐら》の上に送りたいと思います。いいでしょう、兄さん」
「それは立派な覚悟だ」浩は熱い眼頭《めがしら》を、拳《こぶし》で拭《ぬぐ》いながら返事をした。「建国二千六百年の日本が滅亡するか、それとも生きるかという重大の時機だ。私はお前の覚悟に感心をした。それと共に、年老いたお父さんの御決心にも頭が下るのを覚える。では、お父さん、三ちゃん、行って下さいますか」
「よく判ってくれて、こんなに嬉しいことは無い」老父も流石《さすが》に、感極《かんきわ》まって泣いていた。
「なア、三坊、お祖父さんと一緒に、日本の敵のやってくるのを張番《はりばん》してやろうな」
「ウン、あの磯崎神社《いそざきじんじゃ》の傍《わき》の櫓《やぐら》なら、さっきよく見てきたよ。お祖父ちゃんと一緒に昇れるのなら、僕、嬉しいな。アメリカの飛行機なんか、直ぐ見付けちゃうよ。ねえ、お祖父《じい》さん」
「おお、そうだ、そうだ」
三吉の無邪気な笑いに、一家は喜んだり、泣いたりした。
「真弓、もう時間もないことだ。さァ急いでお前は、東京へ電話をかけるんだ。僕は町長さんのところへ行って、お父さんと三ちゃんの志願のほどを伝えて来よう」
「そう、愚図愚図《ぐずぐず》してられないわねエ」
二人は、弾条仕掛《ばねじか》けのように、立上った。
太平洋の大海戦《だいかいせん》
正確にいうと、昭和十×年五月二十一日の午前十一時五十分日米両艦隊は、いよいよ
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