聞け。――本艦搭載の偵察機を飛翔《ひしょう》せしめ、赤外線写真を以て撮影せしめたる米国聯合艦隊の陣容を報告すべし。先ずメリーランド、コロラド、ウェスト・バージニア、セントルイス、ソルトレーキ以下二十|隻《せき》の主力艦を中心に、その前方に、大航空母艦レキシントン、アルカンター、シルバニア、レンジァーの四隻、大巡洋艦のポートランド、ニューオリアンス、イリノイ、フェニックス以下の八隻を配列し、又後方には多数の特務艦を従え、その周囲三十キロの円周海上は、四十キロの快速を持つ小航空母艦の感ある七千|噸《トン》巡洋艦二十五隻を以て固め、更にその五キロの外輪《がいりん》を、二百隻の駆逐艦隊を配置し、別に八十隻の潜水艦を奇襲隊として引率し、又《また》此《こ》の輪形陣の上空六千メートルの高度に於て、メーコン、ラオコンの両飛行船隊を浮べ、飛行機全台数二千機中六百台の偵察機は各母艦より飛翔《ひしょう》して輪形陣の進航前方を、交互《こうご》警戒し、時速三十キロにて北西に向い航行中なり……」
「それが本当なら、こっちも全く、戦《たたか》い甲斐《がい》があるというものサ」千手大尉は、まだ減《へ》らず口《ぐち》を止《や》めなかった。
「敵機三台に対し、こっちは一台の割だな。敢《あ》えて恐れるわけではないけれど、数理に合っているとは、考えられない」藤戸大尉は頭の中に数字を浮べているらしく、独りで呻《うな》った。
「そりゃ訳があるのサ」又、千手大尉が勢《いきおい》を盛りかえして、籐椅子からスックリ立上った。
「いいかね、敵機二千機、そりゃいいサ。それが一時に飛上ろうとしたって飛び上れるものじゃない。いくら空が広いからって、ページェントじゃないから、蝗《いなご》が飛ぶようなわけには行かない。まァ精々《せいぜい》三分の一の六百機だ。六百機が、飛び上ったとしても、彼等の着艦は、頗《すこぶ》る困難になる。そういうことは、彼等がよく知っているから、自然|尻込《しりご》みをしてサ、実際現れる飛行機はそのまた三分の一で、二百機サ。ところが、我が飛行将校は、飛行甲板なり、カタパルトから飛び出すことは知っているが、着艦しようなどというケチ臭《くさ》い根性は持ち合わしていない。二百機が飛び出せば、二百機がフルに働く。ボーイング機が如何に速くともカーチス機が如何に優《すぐ》れた性能を持っているにしても、最後の勝利はこっちのものだ」
「そりゃ、呑気《のんき》すぎる説明じゃ」藤戸大尉が、本気になって反対した。
「俺に一説がある」紙洗大尉が、その後について云った。「三対一の比率は、あまりに甚《はなは》だしい。しかし軍令部が、見す見す負けるような計画を作る筈もない。そうかと云って、いくら吾が飛行機の優秀を見積り、兵員の技能を過信してもこの比率は、あまりに桁外《けたはず》れすぎる。そこで問題の解答は、こうだ。何かこう新兵器があって、敵機の三分の二を充分に圧迫することの出来る見込みが立っているのだ、トナ」
「いよいよもって、甘過《うます》ぎる話じゃ」藤戸大尉は慨歎《がいたん》した。「俺の考えを最後に附加えるとこうじゃ。空軍として一時に参加出来るのは六百機、乃《すなわ》ち我れと同数に過ぎぬ。しかし米国艦隊が日本沿岸何百キロの距離に近寄ったところで戦争をするとなると、日本の海岸警備隊や、陸軍機が、戦争に参加することとなる。それに対しても充分の圧倒が出来る台数をというので、あの台数が出て来たのだ。又そうなると、日本の陸地の一部を占領することが出来れば、別に元の軍艦へ戻らなくてもいいわけサ。この辺に、三対一の比率が出ていると思う」
「成程《なるほど》ねエ――」
 三人三様の議論が丁度《ちょうど》一巡《いちじゅん》したところへ、後の扉《ドア》がコツコツと鳴って、三等水兵の、真紅な顔が現れた。
「紙洗大尉どの、井筒《いづつ》副長どのが、至急お呼びであります」
「おお、そうか。直ぐに参りますと、そう御返事申上げて呉れい」
 紙洗大尉は、傍《かたわら》の帽子掛けから、帽子と帯剣《たいけん》とを取ると、身|繕《づくろ》いをした。
「直ぐ帰って来るからな、一服しとれよ」
 そう云って彼は敏捷《びんしょう》に、部屋から出て行った。
 だが其《そ》の紙洗大尉は、二十分経っても、三十分経っても、帰って来なかった。一時間の時間が流れても、彼の靴音は、聞えなかったので、二人の同期の友人は、云い合わせたように立上った。
「どれ、部屋へ帰って、今のうちに、辞世《じせい》でも考えて置こうかい」
「俺は、いまのうちに、たっぷり睡って置こうと思うよ」
 そこへ、紙洗大尉が、飛ぶようにして、帰って来た。
「おいどうした」
「大いに深刻な顔をしているじゃないか」
 紙洗大尉は、二人の友人の問を、其儘《そのまま》聞き流して、ジッと立って
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