つ》の直ぐ後、南シナ海から、台湾海峡の方へ出動し、米国アジア艦隊と一戦|交《まじ》えたまでは判っていたが、其後《そのご》はどこに何をしているのやら、国民には杳《よう》として消息の判らない聯合艦隊だった。
それも道理、アジア艦隊との一戦に、残念にも妙高《みょうこう》と金剛《こんごう》とを喪い、外に駆逐艦と飛行機を少々、尊《たっと》い犠牲とすることによって、どうやら、アジア艦隊の始末をつけることが出来たのであった。尚《なお》生残った敵艦隊を掃尽《そうじん》し、更に進んでは、陸軍のフィリッピン攻略を援助すべきではあったが、太平洋方面の戦略が重大であるために、あとは第三艦隊と特務潜水艦隊とに委《まか》せここに吾が聯合艦隊は、針路を東に向け直したのだった。先ず手近《てぢ》かの、グアム島を占領して、これで西太平洋の制海権を収めると、いよいよ艦隊は、最後の一戦を交《まじ》える準備として、南洋群島へ引上げ、待機の姿勢を執《と》ることとなった。
その間に、米国側では、どうにかして、わが聯合艦隊を、不利な状況下に引張り出そうとして、殊更《ことさら》マニラ飛行隊を帝都へ送って空襲をさせ、或いはアクロン号の夜襲、北海道、青森県の占拠《せんきょ》まで、可也《かなり》の犠牲をかけて、日本艦隊の釣出しを試みたのであったが、わが聯合艦隊司令長官|大鳴門正彦《おおなるとまさひこ》大将は無念の唇を噛み、悪口《あっこう》を耳より聞き流し、唯《ただ》、決戦の最も有利な機会の来るのを待った。
そして、いよいよ其の日は近づいたのだ。布哇《ハワイ》のパール軍港に集結していた敵艦隊の主力は、とうとう日本艦隊を待っている辛抱ができなくなり、ついウカウカと、有力な根拠地|布哇《ハワイ》を離れる気になった。斯《こ》うして太平洋上の二大艦隊は、相手を求めて刻一刻と、相互の距離を縮《ちぢ》めて行った。
「いよいよ、永年憧れていた恋人が、やって来たぞ」そういったのは、旗艦《きかん》陸奥《むつ》の士官室《ガン・ルーム》に、其の人ありと聞えた剽軽《ひょうきん》な千手《せんじゅ》大尉であった。
「ほほう、どの位、近づいたのか」バットの煙を輪に吹きながら、戦略家の藤戸大尉が訊《たず》ねた。
「主力の位置は、本日の唯今、北緯四十二度、東経百六十五度。北海道の真東《まひがし》、千八百キロというところだ」
「すると、敵艦隊は、今日になって、進路を急に西の方へ、向け直したことになるぞ」
「藤戸《ふじと》の云うとおりだ」横から相槌《あいづち》を打ったのは、先刻から黙々として、探偵小説に読みふけっていた紙洗《かみあらい》大尉だった。「布哇《ハワイ》から、ミッドウェーの東方|沖合《おきあい》を、北西に進んでいた筈だから今日になって、進路を真西に向けたとなると……」
「そりゃ、こうサ」藤戸大尉が即座に引取って答えた。「いよいよ敵艦隊は、吾が艦隊と決戦を覚悟したのだ。これから敵艦隊は、南西へ下りて来るぞ。決戦の日の位置は北緯四十度東経百五十度附近と決った」
「青森県の東方一千キロ足らずの海上ということになるね」紙洗大尉は、探偵小説を伏せて、いつの間にか、その代りに、海図を拡げ、その上にキャラメルの艦隊を動かしていた。
「俺は大したことは望まんが」千手大尉は、ワザと神妙な顔をして云った。「大航空母艦レキシントン、アルカンター、シルバニアの飛行甲板《ひこうかんぱん》を、蜂の巣のように、孔《あな》をあけてやりたい」
「ウフ、それが大したことでなくて、何が大したことなんだ、あッはッはッ」
「うわッはッはッ」
聞いていた二人の士官が、腹を抱えて笑い出した。
「何しろ相手は、輪形陣《リング・フォーメーション》だ、その中心の、そのまた中心にいる航空母艦だ。鳥渡《ちょっと》、手軽にはゆくまいな」
「輪形陣《りんけいじん》が、破れまいと、確信しているところが、こっちの附け目さ。ナニ構うことはないから、平気でドンドン、飛行機を進めて行くさ、輪形陣の中に、こっちが入って行けば自信を裏切られて吃驚《びっくり》する。そこへ、着弾百パーセントという特選爆弾を一発、軽巡奴《けいじゅんめ》に御馳走して、マスト飛び、大砲折れサ、ヤンキーが血を見て、いよいよ腰をぬかしている隙《すき》に、長駆《ちょうく》、大航空母艦の上に、五百キロ爆弾のウンコを落とす」
「うわーッ、千手《せんじゅ》の奥の手が始まった。もう判った。やめィ」
「おい千手。それが本当なら、念のために、貴公《きこう》に先刻《さっき》報告のあった米国聯合艦隊の陣容を、教えといてやろう」紙洗大尉は笑いながら、ポケットから、ガリ版刷《ばんずり》の「哨戒隊《しょうかいたい》報告」を拡げて読み出した。
「第六哨戒艦報告」
「判っとる。俺も覚えているよ」千手大尉が悲鳴をあげた。
「まァいい、
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