ガラス》で張った窓が、チカチカと、その光芒に、射すくめられた。
高射砲から、撃ちだした砲弾が、美しく、空中で、炸裂《さくれつ》した。そして、その照準は、見る見る正確になり、アクロン号の附近に、集まって来た。
飛行船の胴中《どうなか》からも、重機関銃や、機関砲が、オレンジ色の焔を吐いて、敵機に、いどみかかった。
「ご、ご、ごーン」
と音がして、アクロン号の船体が、グラグラと、揺れた。その途端に、ゴンドラと、すれすれに、日の丸のマークのついた日本軍の飛行機が、激しい火焔に包まれて、どっと下に落ちて行った。
「ジャップの飛行機を、寄せつけるやつがあるものか。危くて仕様がないじゃないか」大佐は、チョッと舌打をした。
その言葉の終らないうちに、又、前よりも一層、激しい動揺が起って、大佐は、スルリと滑りそうになったのを、やっとのことで、窓枠《まどわく》にすがりついて、事なきを得た。
日の丸のマークのついた日本の飛行機が、火焔に包まれて、又、墜落して行った。そのあとから、別な飛行機が、又一台、吠えるような、異様な響をあげて……。
「おい、モンストン」大佐は、たまりかねて爆撃隊長の肩をつかんだ。「われ等の、戦闘機隊は、何をしているのだ」
「阻塞気球《そさいききゅう》の中へ、引っぱり込まれたらしいです。半数は、気球から垂れている綱に、機体を絡《から》めつけられ、進退の自由を失っているらしいです」
「なに、阻塞気球※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
「ほら、御覧なさい。あすこに、ヒラヒラしているのがあります」
「おお、――」と大佐は、窓のところに、駈けよった。「あれは、大グランド大尉の、赤鬼号じゃないか」
「や、やッ」モンストン少佐も、探照灯に照し出された、見覚えのある、真紅《まっか》な胴体をもった飛行機を見付けて、のけぞる位に駭《おどろ》いた。「グランド君が、敵の阻塞気球に……」
「航空長、本船を、浦塩《ウラジオ》へ、向けろ」大佐は、皺枯《しわが》れ声で、叫んだ。
「日本の飛行機は、爆弾と同じことだ」
「ああ、日本の軍人は、気が変だッ」
自分の墜落することを一向気にとめず、猛然と、機体を、爆弾代りに、うちつけて来る日本軍の勇猛さに、大佐は、呆《あき》れてしまった。
そのとき、空の一角から、立川飛行聯隊の重爆撃隊《じゅうばくげきたい》が、三機|雁行《がんこう》の隊形をとって、しずしずと、アクロン号の真上に、あらわれた。そこには、既に、アクロン号を守る敵機の姿も、見えなかった。重爆撃機は、アクロン号の上を、グルリと一とまわりした後、鮮かに、十二個の、爆弾を切って放した。
それは、アクロン号にとって、最後の止《とど》めであった。
百雷の落ちるような響がしたかと思うと、空中の巨船は、一団の、真黄色な煙と化し、やがて、物凄い音響をあげ、全身を、真紅な火焔に包んで、墜落を始めた。空中の怪魚の、断末魔《だんまつま》は、流石《さすが》に豪胆《ごうたん》な帝国の飛行将校も、正視《せいし》するに、たえなかった。或いは、船首を下にし、或いは胴中を二つに歪《ゆが》め、或いは、転々と苦悩し、焔を吹き、怪音をあげ、焼け爛《ただ》れたるアクロン号は、武蔵野平野《むさしのへいや》の、真唯中に、墜落していった。
まことに、哀れなアクロン号の最後だった。
船長リンドボーン大佐以下四十五名の乗組員は、敵国の首都を、完膚《かんぷ》なきまでに爆撃した彼等の武勲を、唯一《ゆいいつ》の慰《なぐさ》めとしてアクロン号と運命を共にした。
だが、本当のことを云うなら、気の毒なことに、リンドボーン大佐以下は、大きな錯覚《さっかく》をしていたのだった。それは、大東京だと思って、爆弾の雨を降らせた一廓は、帝都とは似てもつかぬ草原と田畑だったのだ。それは帝都を、二十キロほど、東へ行ったところにある市川《いちかわ》町の附近を択んで、軍部が急造した偽都市《にせとし》だったのであった。その市川の草原には、松戸《まつど》工兵学校や、千葉鉄道聯隊や、世田《せた》ヶ|谷《や》自動車隊が、一夜のうちに急造した電灯装置ばかりの偽東京が、影も形もないほど、爆撃しつくされてあった。
偽都市が成功したその反面には、其の夜、帝都の、灯火管制が、如何に巧みに行われて敵機の眼から脱れることに成功したかを、雄弁に物語っているので、その夜の勲功の半分は軍部が担《にな》い、他の半分は、帝都市民が貰うのが至当であると面白いことを云ったのは、外ならぬ東京警備司令官、別府九州造《べっぷくすぞう》氏であった。
戦雲《せんうん》暗《くら》し太平洋
わが海軍の主力、聯合艦隊は、小笠原《おがさわら》諸島の東方、約一千キロの海上を、真北に向って進撃中であった。
珍らしや、聯合艦隊!
日米国交|断絶《だんぜ
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