は、いいのだろうな」
「勿論です。二十|噸《トン》の爆弾は、お好《この》みによって、一瞬間の裡《うち》に本船から離してもよろしい」
「ふ、ふ、ふ」大佐は、軽く笑った。
「ですが、船長。大東京の輪廓が、すこし、明るすぎるように思いますが……」
「なアに、わし[#「わし」に傍点]の経験によると、湿気の多い五月の天候では、地上の光が、莫迦《ばか》に輝いてみえるのだよ」
大佐は、長身を折って、机上の東洋大地図の上に、静かに、眼を走らせた。その紙面には、先の世界一周のときに観測したデータが、赤インキで、詳細に、書き入れられてあった。
「航空長、大東京への、距離は?」
「西十一キロ丁度です」
舵器《だき》を執《と》っている航空長は、答えた。
「呀ッ。船長――」観測鏡を握っている爆撃隊長が、叫び声をあげた。
「どうした。モンストン君」
「大東京が、灯火《あかり》を、消したんです」
「やっと気がついたものと見える」大佐は、通信兵と銘《めい》をうった伝声管の前に立って、叫んだ。「戦闘機隊へ通報せい。襲撃陣形をとり、戦闘準備にうつれ」
アクロン号は、大胆にも、三千メートルの高度まで、下降した。アクロン号をとりまく偵察機や戦闘機は、行進隊形を解いて、それぞれ、襲撃隊形にうつった。偵察機は、ぐっと、後へ引返して、アクロン号の、両翼と、後方とを守った。戦闘機は更に一千メートルの高度をとり、見る見る、速度を早めて、アクロン号の前方に、進出して行った。
予期した霞ヶ浦の海軍航空隊に属する空軍は、どうしたものか、どの方面からも、襲撃して来なかった。
「船長、ごらんなさい」モンストン少佐が云った。「下に、電車らしいものが、走っていますよ」
「なるほど、スパークも見えるし、ヘッド・ライトも、ぼんやり見えるようだね」
「向うの方には、ボッと、ギンザらしい灯が見えますよ」
「そんなことは無いだろう」
「でも、左手に見えるのがシナガワ湾です。ずっと、海と陸との境界線が見えるでしょう」
「すこし、早く来すぎたような気がする」大佐は、一寸《ちょっと》、首をかしげた。
「いよいよ、大東京の位置が、はっきり判りました。こっちに、ムラヤマ貯水池が、明るく光っています」
「うん。地形は、ちゃんと合っている。爆撃して呉れと、いわぬ許《ばか》りだ。では、モンストン君、兼《か》ねての作戦どおり、思うが儘《まま》に、爆撃出来るね」
「そうです、大佐どの。第一に、マルノウチ一帯へ、一|噸《トン》爆弾を三個、半噸爆弾を十二個、叩きつけます。それから、シナガワ附近シンジュク附近とを中爆弾で爆撃し、頃合いを計って、ホンジョ、フカガワ附近の工業地帯を爆破し、尚《なお》、余裕があれば、ウエノ停車場を、やっつけて仕舞います」
「よろしい」リンドボーン大佐は、このとき長身を、すっくり伸して、直立し、厳然《げんぜん》と、命令を発した。「爆撃用意!」
「爆撃用意!」モンストン少佐は、伝声管の中に、割れるような声を、吹きこんだ。「マルノウチ爆撃用意!」
アクロン号の、中央部に配置せられた、爆弾は、電気仕掛けで、安全装置が、バタバタと外されて行った。爆撃手は、照準《しょうじゅん》鏡のクロス・ヘアーに、丸の内の中心部が、静かに動いてくるのを待った。
「適宜《てきぎ》、爆撃始め!」
リンドボーン船長は、いよいよ、敵国の都に、二十噸の爆弾を、叩きこむことを、命じたのだった。
照準手のところへは、鸚鵡《おうむ》がえしに、高声器が、モンストン少佐の号令を、送ってきた。
「爆撃始めッ!」
丁度《ちょうど》、その途端に、照準は、ピタリと、丸の内の中心に落ちた。
「ううん――」
照準手は、把手《ハンドル》を、カチャリと、下に引いた。微かに、船体が、グッと持ちあげられたように感じた。三個の重爆弾が、発射孔《はっしゃこう》を通って、サーッと、落下して行った。
一秒、二秒、三秒――
地上に、パッと、ダリアの花が、開いたように感じた。真黄《まっきい》ろな、燦然《さんぜん》たる、毒々しい華《はな》だった。そこへ、
「だ、だ、だーン、だーン」
と、眼の醒《さ》めるような大きな音がして、船体が、ギシギシと鳴り響いた。
続いて、第二弾、第三弾――
爆弾室は、見る見る裡《うち》に、空っぽになって行った。
「ううん、美事な命中率だ。素晴らしいぞ、照準手!」船長は紅蓮《ぐれん》渦《うず》を巻いて湧きあがる地上を見て、雀躍《こおど》りせんばかりに、喜んだのだった。
「いよいよ、敵の戦闘機が、現れましたぞッ」モンストン少佐は、ゴンドラの窓から、空中に、パッ、パッと、赤い息を吐きだすような機関銃の乱射ぶりを、注目した。
地上からは、噴水のように、青白い光芒《こうぼう》を持った照空灯が、飛び上ってきた。ゴンドラの、防弾|硝子《
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