づき、国際的陰謀の謎を、解きつつあった。「男爵」と呼ばれる彼の本名は、帆村荘六。軍部に属する特務機関としての記号をM13[#「13」は縦中横]という。このところ、数年の間に、めきめきと売出した若手の私立探偵であった。
 記憶のよい読者は、彼が、いつの間にか、東京警備司令部の地下街に忍びこんでいたことや、今朝方のこと、お茶の水附近で、湯河原中佐や塩原参謀の乗っていた偵察機《ていさつき》に、赤外線写真の撮影を依頼したことを、思い出されるに違いない。
 帆村探偵の任務は、大日本帝国の体内に潜行している労農《ろうのう》ロシアの特別警察隊、G《ゲー》・P《ペー》・U《ウー》の本拠をつき、「狼《ウルフ》」といわれる団長以下を、捕縛《ほばく》するのにあった。その「狼」は紅子《べにこ》を伴って歩いているらしい話であったが、彼こそは、先に、東京警備司令官|別府九州造《べっぷくすぞう》に変装してマニラ飛行聯隊空襲の夜の、帝都警備権を、自分の掌中に握っていた怪人物だった。
 帆村探偵対「狼《ウルフ》」の、血飛《ちと》び肉裂《にくさ》けるの争闘は、漸《ようや》く機が熟してきたようであった。


   飛行船隊を発見す


 地下街の司令部では、印刷電信機が、リズミカルな響をあげて、各所の要地から集ってくる牒報《ちょうほう》を、仮名文字《かなもじ》に打ち直していた。
 事態は、刻々に、うつりかわって、北満、朝鮮国境からの通信が、いつもの二倍になり三倍になり、尚《なお》もグングン殖えて行った。電信機は、火のように熱して来た。側に立っている通信兵員はシリンダーや、歯車のあたりに、絶えず滑動油《マシンゆ》を、さしてやるのであった。
「次は北満軍司令部からの、報告であります」有馬参謀長は、本物の別府司令官の前に、直立した。「金沢、字都宮、弘前《ひろさき》の各師団より成る北満軍主力は、本日午後四時をもって、興安嶺《こうあんれい》を突破せり。これより、善通寺《ぜんつうじ》支隊と呼応し、海拉爾《ハイラル》、満州里《マンチュリ》方面に進撃せんとす。終り」
 別府司令官は、静かに肯《うなず》いた。
「今一つは、極東軍の報告であります」有馬参謀長は、もう一枚の紙を、とりあげた。「仙台《せんだい》、姫路《ひめじ》、竜山《りゅうざん》各師団よりなる極東軍主力は、国境附近の労農軍を撃破し、本日四時を以てニコリスクを去る十五キロの地点にまで進出せり。目下、彼我《ひが》の空軍並に機械軍の間に、激烈なる戦闘を交《まじ》えつつあり。就中《なかんずく》、右翼|竜山師団《りゅうざんしだん》は一時苦戦に陥《おちい》りたるも、左翼|仙台《せんだい》師団の急遽《きゅうきょ》救援砲撃により、危機を脱することを得たり。終り」
「労農軍は、いよいよ味なことを、やりよるのう」司令官は、髯のところに、手をやった。
「閣下」と呼んだのは、草津参謀だった。「市川町《いちかわまち》附近の準備は唯今を以て、完成いたしました。連絡通信の方も、故障なく働作《どうさ》いたします」
「そうか」と将軍は顔をあげて云った。「儂《わし》の考えでは、今夜が最も危険じゃ。もう一度、宇都宮以北の防空監視哨へ、警告を発して置け」
「はッ、承知いたしました」
 そこへ、バタバタと、伝令が、電文を握ってきた。
「報告です」
「よオし。こっちへ貸せ」有馬参謀長は、多忙であった。「おお、これは……」
 参謀長は、キッと唇を噛んだ。
「閣下。海軍からの報告です。北緯《ほくい》四十一度|東経《とうけい》百四十度を航行中なる第五潜水艦隊の報告によれば、本日午後四時十五分、東北東に向って三十五キロの距離に於て、米国空軍に属する飛行船隊の航空せるを発見せり。該《がい》飛行船隊は、アクロン、ロスアンゼルス、パタビウス、サンタバルバラの順序を以て、高度七千メートル、時速百八十キロ、略西方《ほぼせいほう》に向けて航空中なり。尚《なお》、該隊《がいたい》には、先導偵察機五機、戦闘機十四機を、随行《ずいこう》せしめつつあり。終り」
 これを聞いた将校たちは、互《たがい》に顔を見合わせたのだった。いよいよ、恐ろしい怪物が、襲来《しゅうらい》してくるのだった。飛行船といえば、ツェッペリン伯《はく》号を、帝都上空に仰いだことのある日本国民だった。ロスアンゼルス号は[#「号は」は底本では「号」]ツェッペリン伯号の姉妹船、アクロン号、サンタバルバラ号は、それよりも二倍近い、巨大なもの、パタビウス号に至っては、空の帝王と呼ばれる途方もなく尨大《ぼうだい》な全鋼鉄の怪物で、爆弾だけでも、五十|噸《トン》近く、積みこんでいるという物凄《ものすご》い飛行船だった。
 日本陸軍にも、海軍にもこれに比敵《ひてき》する飛行船は、一|隻《せき》もなかった。極《ご》く小さい軟式飛行船が、二
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