三隻海軍にあったが、それは、鷲《わし》の側によった雀《すずめ》にも及ばなかった。
 兼《か》ねて、襲来するかもしれないと思われていたのであるが、いま斯《こ》うして、北海道と、青森県の、ほぼ中間を覘《ねら》って、大挙襲来しているのを知っては、流石《さすが》に、戦慄《せんりつ》を感じないわけに行かなかった。
(あの尨大《ぼうだい》な爆弾を、どこに落すのだろうか?)
 恐《おそ》らく合計して百|噸《トン》の上にのぼる、爆弾だった。帝都でさえ五|噸《トン》の爆弾で、灰燼《かいじん》になる筈であった。百噸を一度に投下するときは、房総半島《ぼうそうはんとう》なんか、千切《ちぎ》れて飛んでしまいそうに、思われた。
 この戦慄《せんりつ》に値《あたい》する報告書を前に、司令部の幕僚は、流石《さすが》に黙して、何も語らなかった。果して彼等の胸中には、勝算ある作戦計画が秘められているのであろうか。それとも、戦慄の前に最早《もはや》言葉も出《い》でないのであろうか。
 そのとき、卓上電話のベルが、ジリジリと鳴った。
「なに、帆村君か」
 湯河原中佐が、大きい声を出した。
「閣下も、お待ちかねだ。早く来給え」
 帆村探偵が、此《こ》の室《しつ》に、姿を現わしたのは、それから五分と経たない後だった。
「赤外線写真は、どうでした?」彼は、司令官達に、敬礼を済ませるが早いか、気になることを尋《たず》ねた。
「うまく出たようだ。ここにある」湯河原中佐が、クルクルと捲《ま》いてある細長い印画紙《いんがし》を机の上に、展《ひろ》げて見せた。
「ははァ、よく判りますね」と、帆村探偵はお茶の水に近い濠端《ほりばた》の、ある地点を指して、云った。「肉眼で見たのでは、なんの変りもない草叢《くさむら》つづきですが、斯《こ》うして、赤外線写真にとって見ると、どこに、坑道の入口があるか、直ぐ判りますね」
「だが、よくまア、坑道のあることが、判ったものだね」司令官が、感心をした。
「それは、帆村君の手腕ですよ」中佐が、代りに説明した。「空襲の夜、放送局を占領した不逞団《ふていだん》の頭目に鬼川《おにかわ》という男が居りました。これを捕縛《ほばく》して、帆村君に預けたのです。すると帆村君は、紅子《べにこ》という少女を使って、鬼川が知っている団の秘密をすっかり聞いてしまったのです」
「少女紅子を使ったというのは?」
「それは、帆村君が研究している読心術ですな。丁度《ちょうど》、塩原参謀が、その少女と、瀕死《ひんし》の重傷を負っていた弟の素六《そろく》というのを、放送局舎の中から助け出したんです。帆村君は、その少女を見て、駭《おどろ》いたそうです。何でも前から知合いだったそうで……。紅子という少女は、非常に感動しやすい、どっちかというと、我儘《わがまま》も強い方の女性でした。そんな人は、読心術の霊媒《れいばい》に使うと、非常に、うまく働くんだそうです。早く云うと、帆村君は、紅子を昏睡《こんすい》状態に陥し入れ、その側へ、猿轡《さるぐつわ》をした鬼川を連れて来、紅子を通じて、鬼川の秘密を探らせたのです」
「そんなことが、出来るものかな」司令官は不思議そうに云った。
「帆村君に云わせると、いい霊媒《れいばい》を得さえすれば、わけのない事だそうです。いわば、鬼川の身体は、不逞団《ふていだん》の秘密という臭気《しゅうき》を持っているのです。紅子の方は、それを嗅《か》ぎわける、鋭い鼻のようなものです。常人には、嗅いでもわからないのに、特異性をもった紅子のような霊媒を使うと、わかるんです」
「帆村君は、それで、何を発見したのじゃ」
「彼は、第一に、閣下の偽物《ぎぶつ》が、司令部に頑張っていることを知りました。これは、わたくしも、既に気がついていたことだったので、成程《なるほど》と、信用が出来たのです」
「ほほう、君も、偽司令官を知っていたのかい」司令官は、意外な話に、驚いたのだった。
「それは閣下」湯河原中佐は、唾《つば》をグッと嚥《の》んだ。「帝都が空襲されるに当って、閣下が第一に、なさらなければならない或る重大な任務がおありだったのに、非常時が切迫しても、閣下は、お忘れのように見受けました。わたくしはそれを怪しく思いました」
「では若《も》しや……」司令官は、何に駭《おどろ》いたのか、その場に、直立不動の姿勢をとり、湯河原中佐の憐愍《れんびん》を求めるかのように見えた。
「閣下、御安心下さい」中佐は、語尾《ごび》を強めて云った。
「それは、閣下に代って、わたくしが遂行《すいこう》いたしました。閣下から信頼を受けてあの重大任務をおうちあけ願っていなかったら、わが国史上に、一大汚点を印するところでありました」
「それは、よかった――」
 司令官は、沈痛な面持をして、遥かな地点に、陳謝と祈りを、捧
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