たかッ。折角《せっかく》、アナウンサーの換玉《かえだま》に、ひっぱって来たのに……」
 同志は、口々に、喚《わめ》いた。
「射った奴を探せ!」
「同志の顔を、一々調べて見ろ!」
 そこへ、ドタドタと駈けこんで来たものがあった。
「市内に、電灯が点きはじめたぞ。僕たちの放送は、うまく行ったらしい。同志、出て来て見ろ!」
 ワッというと、誰も彼もが、表へとびだした。
 なるほど、今まで暗澹《あんたん》としていた空間に、あちこちと、馴染《なじみ》のある電灯が、輝きだした。電灯が点いてみると、全市を焦土《しょうど》と化してしまったかと思われた火災も案外、局部に限られていることが、判った。
「ラジオが、聞えたぞ」
「電灯も点いたぞ」
 市民は、聞きなれたアナウンサー(だと思った)の声を聞き、母の懐《ふところ》のようになつかしい電灯の光を浴びて俄かに元気をとりかえしたのだった。
 愛宕山《あたごやま》の上では、暴徒の指導者、鬼川が、一人で恐悦《きょうえつ》がっていた。
「見ろ、市民は、うまうま一杯、かつがれてしまったじゃないか。これで、大東京の輪廓《りんかく》が、はっきり浮び上るのだ。米国空軍の目標は、これで充分だ。あとは、約束の賞金にありつく許《ばか》り。では、今のうちに、こっそり、失敬するとしよう。それにしても、米軍の攻撃は、莫迦《ばか》に、ゆっくりしているじゃないか」
 彼は、裏口へ遁《に》げようとしては、不審の面持《おももち》で耳を澄した。だが、彼の予期するような爆弾投下の爆音は、一向に、響いてこなかった。
「おかしいぞ。どうしたのだろう」
 そのとき、囂然《ごうぜん》たる爆声が起った。一発又一発。それに交って、カタカタという機関銃の響きだった。
「やったナ。だが、爆弾と、すこし音が違うようだ」
 彼は、逃げ腰になった。
「鬼川君は、いないですか、鬼川君」
 誰かが、向うの放送室で呼んでいる。返事をしようか、どうしようか。
「……」
「鬼川君、軍隊だッ。救援隊らしいのが、山を登って来ますぞ。早く指揮をして下さい。鬼川くーン」
 鬼川は、物も言わずに、裏口へ急いだ。
「やッ」
 カーテンの蔭から、太い逞《たくま》しい腕がニューッと出た。鬼川は横腹をおさえて、もろくも、転倒した。
 カーテンの蔭から、ルパシカ姿の巨漢が現れた。
「中佐どの、片附けました」
 彼は、カーテンの蔭に言葉をかけた。
 カーテンが、揺れて、思いがけなく、司令部の、湯河原中佐が、顔を出した。
「塩原参謀」と中佐は、呼んだ。ルパシカ男は、いつの間にか局舎から姿を消していた塩原参謀の仮装だった。
「この男を、吾輩に預けてくれんか」
「おまかせいたします」参謀は、直立して言った。「ですが、中佐殿は、これから、どうされます」
「吾輩は、司令部の穴倉《あなぐら》へ、こいつを隠して置こうと思う。司令官に報告しないつもりじゃから、監禁《かんきん》の点は、君だけの胸に畳んで置いてくれ給え」
「しかし、斯《か》くの如き重大犯人を、司令官に報告しないことはどうでありましょうか」
「吾輩を信じて呉れ。二十四時間後には、この事件について、必ず君に報告するから」
「判りました。では、急速に、御引取下さい」中佐は、大きく肯《うなず》くと、鬼川の身体を肩に担いで、カーテンの蔭に、かくれてしまった。
 そのころ、放送局の表口では、暴徒の一団と、警備軍の救援隊とが、物凄い白兵戦《はくへいせん》を展開していた。
 全市に、点灯を命令して、米軍に帝都爆撃の目標を与えるという放送局襲撃の第一目標が、どういう手違いか、すっかり外れ、生き残りの団員は、戦闘の間々に、爆弾の炸裂音《さくれつおん》を聞きたいものだと焦《あせ》ったが、その期待は、空しく消えてしまった。
 彼等の地位は、だんだんと悪くなって、元気は氷のように融《と》けていった。
 折角うまくやったつもりの放送局占領が、筋書どおりの効目がなく、いや反《かえ》って逆の結果となり、東京市民を恐怖のドン底へ追いやる代りに、ラジオと光とは、市民たちの元気を恢復させるに役立ったのだった。同志は、それにやっと気がつくと急に、パタパタと斃《たお》れる者が殖《ふ》えてきた。
 放送局|奪還《だっかん》は、もう間もないことであった。

 某地域の地下街を占めた警備司令部では、別府司令官をはじめ、兵員一同が、血走った眼を、ギラギラさせて、刻々に報告されてくる戦況に、憂色を増していった。
「立川飛行聯隊では、大分|脾肉《ひにく》の嘆《たん》に、たえかねているようでは、ありませんか」
 一人の参謀が、有馬参謀長に、私語《しご》した。
「九六式の戦闘隊のことだろう」参謀長は、さもあろうという顔付をした。「だが、司令官閣下は、出動には大反対じゃ」
「海軍の追浜《おっぱま》飛行
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