、涙をもって止めたが、それは何の役にも立たなかった。馴染《なじみ》の誰々さんも入っている――たったそれだけのことで、若い人達の参加を決心させるに充分だった。「放送局を襲撃しろッ」
ハッキリと、加盟団の指令が出たときには若い人達は、やっと気がついた。だが、それは、もう遅かった。幹部の手には、物々しい武器が握られていた。反抗したが最後、その兇器が物を云うことは、いくら若い連中にもよく解った。
紅子と素六とは、恐怖と反省とに責められながら、放送室の一隅に、突立っていた。
放送局襲撃隊の指導者は、鬼川壮太《おにかわそうた》といった。
「放送準備は、まだ出来ないのかネ」鬼川は団員の一人に訊いた。
「もう直ぐです」団員は答えた。「いま、水冷管《すいれいかん》に冷却水を送り始めました」
「電気は、来ているのですか」
「猪苗代水電《いなわしろすいでん》の送電系統は、すっかり同志の手に保持されています。万事オーケーです」
指導者鬼川は、満足そうに肯《うなず》いた。
「放送準備が出来ましたよ」
奥の方から、これも電気係りの団員が、大声で報せて来た。
「よおし。では、始めよう」
鬼川は、チラリと時計を出して、云った。
「午後九時四十分か。保狸口《ほりぐち》君、手筈どおり全国アナウンスをして呉《く》れ給《たま》え」
保狸口と呼ばれた団員は、ニヤニヤと笑うと、ポケットから細く折った半紙をとり出して、マイクロフォンの前に立った。
「J、O、A、K」
素六や紅子たちは、その声を、何処かで、聞き覚えのある声だと思った。
「大変お待たせをいたしました」保狸口は云うのだった。「唯今やっと、放送許可が出ましたような次第でございます」
素六は、やっと、気がついた。保狸口という男は、地声《じごえ》か、声帯模写《せいたいもしゃ》かはしらないが、声だけ聞いていると、なんのことはない、放送局の杉内アナウンサーと、区別のつかない程似た声音をもって居り、その音の抑揚《よくよう》に至っては、よくも真似たものだと、感心させられた。この放送を聞いたものは、JOAKが例の調子で、放送をやっているものと、簡単に信じるだろうと思われた。
それにしても、保狸口は、これから一体何事を喋ろうというのだ。
「第一に、申上げますことは、皆さん、御安心下さい。マニラ飛行聯隊の帝都空襲は、一と先ず一段落をつげました。敵機はだんだんと、帝都を後にして、引揚げてゆく模様であります。以上」
強制団員の中には、この真面《まとも》な放送に、大満足の意を表したものさえあった。だが、敵機は、本当に、帝都の上空から、引揚げていったのだろうか?
「次に、某筋からの命令が参りましたから、お伝えします。東京地方は、警戒解除を命ず。東京警備司令官、別府九州造《べっぷくすぞう》。繰り返して読みます、エエと――」
素六は、窓際に立っていたので、不用意に開け放たれた窓から、帝都の空を眺めることが出来た。その真暗な空には、今も尚《なお》、照空灯が、青白い光芒を、縦横無尽に、うちふっていた。高射砲の砲声さえ、別に衰《おとろ》えたとは思われなかった。なんだか、怪しい放送である。
「次に、灯火を、早くお点け下さいという命令。目下帝都内は暗黒のために、大混乱にありまして、非常に危険でございますので、敵機空襲も片づきましたることでありますからして、市民諸君は、大至急に電――」
「騙《だま》されてはいけない、市民諸君、これは偽放送《にせほうそう》だッ」
大きな声で、保狸口のアナウンスを圧倒した者があった。
ズドーン。
銃声一発。
ドタリと、マイクロフォンの前に仆《たお》れたのは、素六だった。
指導者|鬼川《おにかわ》の手にしたピストルの銃口からは、紫煙《しえん》が静かに舞いあがっていた。
「呀《あ》ッ、素六《そろく》、素六。しっかり、おしよ。素六ちゃーん」
鬼川は、断髪女が、仆れた少年を抱いて、大声で呼び戻しているのを見ると、又もや、ズドンと、第二発目を、紅子に向けた。しかし、それは手許《てもと》が狂って当らなかった。
死んだのかと思った素六が、ムクムクと起き上った。
「電灯をつけては、いけない。まだ敵の飛行機は――」
そこまで云うと、素六の頭部は、ガーンとして、何にも聞こえなくなった。保狸口が飛出して、素六を殴りつけたのだった。
そのとき、突然、局内の電灯が、一時に消えた。
「同志、配電盤を、配電盤を……」鬼川の叫ぶ声がした。
携帯電灯の薄明りで、室内が、更《あらた》めて眺めまわされたとき、素六の身体も、紅子の姿も見当らなかった。それに代って、大きな図体の男が、長々と伸びていた。その額からは、絹糸をひっぱり出したような血のあとが認められた。
「誰だッ」
「やッ。保狸口がやられたッ」
「保狸口が、やられ
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