したのだった。
「あっし[#「あっし」に傍点]は、恥《はず》かしい!」
死人の顔から、防毒マスクを奪いとろうとした浅間しい行為を恥じるものの如く、印袢纏《しるしばんてん》氏は、マスクの中で、幾度も、幾度も、苦吟《くぎん》を繰返した。
大通りの軒《のき》を境に、火焔と毒瓦斯とが、上下に入り乱れて、噛み合っていた。
咄《とつ》! 売国奴
愛宕山《あたごやま》の上では、暗黒の中に、高射砲が鳴りつづいていた。照空灯が、水色の暈光《うんこう》をサッと上空に抛《な》げると、そこには、必ず敵機の機翼《きよく》が光っていた。円《まる》の中に星が一つ――それが、米国空軍のマークだった。
「グわーン、グわーン」
高射砲の砲口から、杏色《あんずいろ》の火焔が、はッはッと息を吐いた。敵機は、クルリと、横転《おうてん》をすると、たちまち闇の中に、姿を消して行った。異様なプロペラの唸《うな》り声《ごえ》が、明らかに、耳に入った。
照空灯は、サッと、光を収めた。
「ラッ、タッ、タッ」
頭上に、物凄いエンジンの響が、襲いかかった。
「ラッ、タッ、タッ」こっちでも、高射機関銃が打ちだした。
ぱッ――。くらくらッとする鋭い光に照された。
「ど、ど、ど、ど、どーン」
ゆらゆらと、愛宕山《あたごやま》が揺《ゆら》いだ。
「少尉殿、少尉どのォ!」
誰かが、根《こん》を限《かぎ》りに呼んでいる。
「オーイ」社殿《しゃでん》の脇《わき》で、元気な返事があった。
「少尉殿。聴音機第一号と第三号とが破壊されましたッ」
「第四号の修理は出来たかッ」
「まだであります」
「早く修理して、第二号と一緒に働かせい」
「はいッ。第四号の修理を、急ぐであります」
兵は、バタバタと帰っていった。
(聴音機が、たった一台になっては、この山の任務も、これまでだナ)
東山少尉は、暗闇の中に、唇を噛んだ。七台の聴音機は、六台まで壊れ、先刻の報告では、高射砲も三門やられ、のこるは二門になっていた。
兵員は?
もともと一小隊しか居なかった兵員は、四分の一にも足らぬ人数しか、残っていなかった。
「ピリピリ。ピリピリ」
振笛《しんてき》が、けたたましく鳴り響いた。毒瓦斯が、また、やってきたらしい。
何か、喚《わめ》く声がする。胡椒臭《こしょうくさ》い、刺戟性《しげきせい》の瓦斯《ガス》が、微《かす》か
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