地方からの買出《かいだ》し人が来ると、商談を纏《まと》め、大きい木の箱に詰《つ》めて、秋葉原《あきはばら》駅、汐留《しおどめ》駅、飯田町《いいだまち》駅、浅草《あさくさ》駅などへそれぞれ送って貨車に積み、広く日本全国へ発送するのだった。長造は昔ながらの花川戸に、老舗《しにせ》を張っていた。長男の黄一郎は、思う仔細《しさい》があって、東京一の盛り場と云われる新宿を、すこし郊外に行ったところに店を作っていたのだった。そこには妻君《さいくん》の喜代子と、二人の間にできたミツ子という赤ン坊との三人の外《ほか》に三人の雇人がいた。今日は本家《ほんけ》の大旦那長造の誕生日であるから、店を頼んで、浅草へ出て来たのだった。
「さア、おじいちゃま、今晩は、お辞儀《じぎ》なさいよ、ミツ子」
 お湯から出て来て、廊下で挨拶《あいさつ》をしているらしい喜代子の声がした。
「やあ、ミツ坊、よく来たね。はッは」長造が大きな声であやしているらしかった。「お湯が熱かったのかい、林檎《りんご》のような頬《ほ》ッぺたをしているね。どれどれ、おじいちゃんが抱っこしてやろう。さあ、おいで、アッパッパ」
「やあ、笑った、笑った」赤ン坊の珍らしい素六が、横から囃《はや》し立《た》てた。
 今夜は、客間をつかって、大きなお膳を中央に並べ、お内儀《かみ》のお妻と姉娘のみどりが腕をふるった御馳走が、所も狭いほど並べられてあった。
 長造が席につくと、神棚《かみだな》にパッと灯明《とうみょう》がついて、皆が「お芽出《めで》とうございます」「お父さん、お芽出とう」と、四方から声が懸った。
 長造は、盃をあげながら、いい機嫌で一座をすっと見廻わした。
「全く一年毎に、お前たちは大きくなるね、孫も出来るし、これで清二が居て――あいつはまだ帰ってこないね」と、弦三の姿のないのに鳥渡《ちょっと》眉を顰《ひそ》めたが、直ぐ元のよい機嫌に直って、
「弦《げん》も並ぶとしたら、この卓子《テーブル》じゃもう狭いね、来年はミツ坊も坐って、おとと[#「おとと」に傍点]を喰るだろうし、なア坊や、こりゃ卓子《テーブル》のでかいのを誂《あつら》えなくちゃいけねえ」
「この室が、第一|狭《せも》うござんすねえ」お妻も夫の眼のあとについて、しげしげ一座を見廻わしながら云った。
「来年は、隣りの間も、ぶちぬいて使うんですね」黄一郎が相槌《あいづち》を
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