。
「何処へ行くのであろう」
清二は推進機に近い電動機室で、界磁抵抗器《かいじていこうき》のハンドルを握りしめて、出航命令が出た以後の、腑《ふ》におちないさまざまの事項について不審をうった。
「どうやら、いつもの演習ではないようだ」
二等機関兵である清二には、何の事情も判っていなかった。彼は上官の命令を守るについて不服はなかったけれど、一《ひ》と言《こと》でもよいから、出動方面を教えてもらいたかった。水牛《すいぎゅう》のように大きな図体《ずうたい》をもった艦長の胸のなかを、一センチほど、截《き》りひらいてみたかった。
舳手《じくしゅ》のところへは、なにか頻々《ひんぴん》と、命令が下されているのがエンジンの響きの間から聞こえたが、何《ど》んな種類の命令だか判らなかった。
だが、間もなくジーゼル・エンジンがぴたりと停って、清二の居る電動機室が急に、忙《せわ》しくなった。
「界磁抵抗開放用意!」
伝声管《パイプ》から、伝令の太い声が、聞こえた。
清二は、開閉器の一つをグッと押し、抵抗器の丸いハンドルを握った。そしていつでも廻されるように両肘《りょうひじ》を左右一杯に開いた。
「界磁抵抗開放用意よし!」
真鍮《しんちゅう》の喇叭《ラッパ》口の中に、思いきり呶鳴《どな》りこんだ。
「開放徐々に始め!」
推進機に歯車結合《ギーア・カップリング》された電動機の呻りは、次第に高くなって行った。艦体が、明かに、グッと下方に傾斜したのが判った。深度計の指針が静かに右方へ廻りだした。
「十メートル、十五メートル、……」
深度計の指針は、それでもまだ、グッグッと同じ方向に傾いて行った。
艦底[#「艦底」は底本では「海底」]の海水出入孔《かいすいしゅつにゅうこう》は、全開のまま、ドンドンと海水を艦内に呑みこんでいるらしかった。
このままでは海底にドシンと衝突《ぶつ》かるばかりだと思われた。清二は、界磁抵抗のハンドルを、全開の位置に保持したまま、早く元への命令が来ればよいがと、気を焦《あ》せらせたのだった。疑いもなく、唯今の状態は、全速力沈降《ぜんそくりょくちんこう》を続けているものであって、海岸を十キロメートルと出ていないところで、こんな操作をするのは、前代未聞《ぜんだいみもん》のことだった。
「どこかで吾が潜水艦の行動を監視している者があるのかも知れない」
清二は不
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