云った。
「シナ相手の戦争は儲らんで困るね」父親が浮かぬ顔をした。
「まア、お父様は慾ばってんのねえ」と紅子が、わざとらしく眼を剥《む》いた。
「○国てどこなの、兄さん」と素六が弦三の腕をゆすぶった。
「僕には解らないこともないが……」弦三は唇をゆがめて小さい弟に答えた。
「どうせ日本の相手はアメリカだよ」黄一郎が、ずばりと云った。
「お父さん、この瓦斯《ガス》マスクを、新しい意味で受取って下さい」
 弦三の顔は、緊張にはちきれそうだった。
「そんなに云うなら」
 と長造は、自分のお尻のそばに転っている不恰好な愛児の製作品をとりあげて云った。
「お父|様《さん》はお礼を云ってしまっとくよ」
 そのとき、戸外では、号外売りの、けたたましい呼声が鈴の音に交って、聞こえ始めた。そして、また別な号外売りがあとからあとへと、入《い》れ代《かわ》り立《た》ち換《かわ》り、表通《おもてどおり》を流していった。
 晴やかな笑声に裹《つつ》まれていた一座は、急に沈黙の群像のように黙りこくって仕舞《しま》った。
 下田家の奥座敷には、先刻《さっき》とはまるで異った空気が流れこんだように思われた。誰もそれを口に出しては云わなかったが、一座の家族の背筋になにかこうヒヤリとするものが感ぜられるのだった。
 不吉《ふきつ》な予感《よかん》……
 強《し》いて説明をつけると、それに近いものだった。


   我が潜水艦の行方
     ――遂に国交断絶《こっこうだんぜつ》――


 横須賀の軍港を出てから、もう二|旬《じゅん》に近い日数が流れた。
 清二の乗組んだ潜水艦|伊号《いごう》一〇一が、出航命令をうけ、僚艦《りょうかん》の一〇二及び一〇三と、直線隊形をとって、太平洋に乗出したのは正確に云えば四月三日のことだった。伊豆沖《いずおき》まで来たときに、三艦は、予定のとおり、隊形を解き、各艦は僚艦にそれぞれ別れの挨拶を取交わして、ここに、別々の行動をとることになった。
 いつもであると、訣別《けつべつ》に際し、各艦は水平線上に浮かびあって、甲板上に整列し、答舷礼《とうげんれい》を以て、お互《たがい》の武運《ぶうん》と無事とを祈るのが例であった。しかし今回に限り三艦は、艦体を水面下に隠したまま、唯《ただ》、潜望鏡をチラチラと動かすに停《とどま》り、水中通信機で、メッセージを交換し合ったばかりだった
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