図《ふと》、そんなことを考えたのだった。
 それから後は、話にならないほどの、単調な日が続いた。
 昼間は、絶対に水上へ浮びあがらなかった。その癖《くせ》、電動推進機には、いつも全速力がかかっていた。夜間になると、時々ポカリと水面に浮かんだが、それも極く短時間に限られていた。それはまるで乗組員を甲板に出して、深呼吸をさせるばかりが目的であるとしか思えなかった。だがその目的も充分には達せられなかったようだった。というのは、なにか見えるだろうと喜び勇《いさ》んで甲板に出てみても、いつも周囲は真暗な洋上で、灯台の灯も見えなかった。或る晩は、銀砂《ぎんさ》を撒《ま》いたように星が出ていたし、また或る夜はボッボツと、冷い雨が頬の辺を打った、それが一番著しい変化だった。長大息《しんこきゅう》を一つすると、もう昇降口から、艦内へ呼び戻されるという次第だった。
 夜間の航行は、実に骨が折れた。艦長は、精密な時計と、水中聴音機《すいちゅうちょうおんき》とを睨《にら》みながら、或るときは全速力に走らせるかと思うと、また或るときは、急に推進機を全然停止させて、一時間も一時間半も、洋上や海底に、フラフラと漂《ただよ》っているというわけだった。
 こんなわけで、横須賀軍港以来、二旬《にじゅん》の日数が経った。
 そして或る日のこと、艦長は乗組員一同を集めて、驚くべき訓令《くんれい》を発した。
「本艦は、本日を以て、米国加州沿岸《べいこくかしゅうえんがん》に接近することができたのである」艦長の頬は生々《いきいき》と紅潮《こうちょう》していた。「本艦の任務は、僚艦一〇二及び一〇三と同じく、米国の大西洋艦隊が太平洋に廻航して、祖国襲撃に移ろうというその直前に、出来るだけ多大の損害を与えんとするものである。其の目標は、主として十六|隻《せき》の戦艦及び八隻の航空母艦である」
 乗組員は、思わず「呀《あ》ッ」と声をあげかけて、やっとそれを呑みこんだ。
 艦長の訓令で、いままでの不審な事実は、殆んど氷解《ひょうかい》した。航路が複雑だったのは、米国の西部海岸に備えつけられた水中聴音機や其の辺を游戈《ゆうよく》している監視船、さては太平洋航路を何喰わぬ顔で通っている堂々たる間諜船舶《かんちょうせんぱく》の眼と耳とを誤魔化《ごまか》すためだったのだ。昨夜見たあの暗い海は、すでに敵国の領海だったのであるかと、
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