らかというと、不良がかった色彩を帯びていることも、否《いな》めなかったのである。
彼《か》の青年は、何の躊躇《ちゅうちょ》もなく、イーグルの入口をくぐった。
支配人が、大袈裟《おおげさ》に、さも駭《おどろ》いた恰好をすると、急いで近よった。
「まあ、ようこそ。男爵《だんしゃく》さま。――」
支配人は、恭々《うやうや》しく手を出して、青年の帽子を受けとった。
「誰か、来てないか」
「どなたも、見えませんです。なにしろ、この騒動の中ですからナ」
「手紙も、来てないかしら」
「手紙といえば、真弓《まゆみ》が、なにかビール樽《だる》から、ことづかったようでしたが……」
「そうか。真弓を呼べ」
支配人は、奥の方を向いて、
「真弓さアーん」
と声をかけた。
「はーイ」
と返事がして、派手な訪問着を着たウェイトレスがパタパタと駈けてきた。
「まあ、男爵。よく来たわネ」
「てめぃ、ビール樽《だる》から、なんか、ことづかったろうが」男爵と呼ばれる青年は、姿に似ぬ下等《かとう》な言葉を、はいた。
「ええ、ことづかってよ。こっちへ、いらっしゃいよォ」
真弓は、広間の片隅の、函《ボックス》・卓子《テーブル》へ、男爵を引っぱって行った。
「今日は、ゆっくりして行ってネ。あたしも是非、あんたに、相談したいことがあるのよ」
「それよか、手紙を、早く出せったら」
「まあ、ひどい人。あたしのことより、あんなビール樽の手紙がいいなんて、あたし、失礼しちゃうわ」そういって、彼女は、帯の間から真白い四角な封筒をとりだした。
「ほう、ビール樽からの手紙じゃなくて、これは『狼《ウルフ》』からのだな」
狼《ウルフ》といい、ビール樽というところを見ると、男爵というのも、大分怪しいことだった。青年のキリリとした伊達《だて》姿が「男爵」という通称を与えたのかも、知れなかった。
「おい、真弓。手紙を読む間、あっちへいっとれ」男爵は、真弓の頬っぺたを、指の先で、ちょいと、つついた。
「うん――」真弓は、だしぬけに、男爵の首ッ玉に噛《かじ》りつくと、呀《あ》ッという間に、チュッと音をさせて、接吻《せっぷん》を盗んだ。
「莫迦《ばか》――」男爵は、満更《まんざら》でもない様子で、ニヤリと笑って、真弓の逃げてゆくあとを、見送った。
それから男爵は、急いで、入口のカーテンを引いた。次に彼は、驚くべき敏捷《びんし
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