さあ漂白粉《さらしこ》をバケツに入れてその上に撒かないと、沢山の市民が中毒する。さあ行け、といわれたとき、穴のあいたゴム靴を履いていて、それでイペリットの上を歩けるかね――」
 鍛冶屋軍曹の言葉は、火のようにあつかった。
「それは歩けないだろう。靴の穴が直っていなけりゃ、消毒に行けないし、無理に行こうものなら、穴からイペリットが染みこんで、足の裏が火ぶくれになる。ひどければ、そこから身体が腐り出して死んじまう。そうなるのも、元は何から起ったことだといえば、非常管制のとき靴屋の仕事を休んだためだ。どうだわかったろう。――灯火管制で、外から灯を見えなくすることは防衛上もちろん必要なことだ。だがサァ空襲だ、ソレ電灯のスイッチをひねって真暗にしてしまえ……では感心できない。外からちっとも見えなくすると同時に、家の中で仕事が出来るようにして置くのが、もっともゆきとどいた灯火管制のやり方だ。そういう人は非国民どころか、甲の上の模範国民だ、そうだろうが……」
 非国民と悪口をいった靴屋のおじさんが、模範国民だと聞かされて、少年たちは眼をパチクリ。どうして、靴屋のおじさんにあやまろうかと、小さい頭を寄
前へ 次へ
全99ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング