ぜんたいをグラグラとゆすぶった。旗男はハッと立ちすくんだ。
「あッ、姉さん、あぶないッ!」
 と、叫んだが……それは残念にも、すでに遅かった。とたんに家はものすごい大音響をあげて、ドッと道路の上に崩れおちてきた。――ああ、いましも正坊を抱いた姉が駈け出したばかりのその道路の上に……。


   避難民


 どこをどう逃げてきたか、よくわからなかった。とにかく気のついたときには、旗男は、まっくらな畦道《あぜみち》をまるで犬かなんかのように四ンばいになり、ハアハア息を切りながら先を急いでいる自分自身を見出《みいだ》した。
(なぜ、僕はこんなに急いでいるのだろう?)
 そういう疑いが、ふと彼の頭のなかを掠《かす》めたとき、彼はとつぜん[#「とつぜん」に傍点]気がついた。今まで何をしていたのか、ハッキリはしないけれど、とにかく、焼け落ちた家の下じきになったはずの姉と正坊の名を、あらんかぎりの声をしぼって呼びまわっている時、救護団の人たちが駈けつけたこと、そのうち逃げてくる人波に押しへだてられてしまったことだけが残っていた。それから先、どうして逃げたかわからない。
 どうやらあまりの惨事に、し
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