空襲警報
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)旗男《はたお》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一体|誰《だれ》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ちょこ[#「ちょこ」に傍点]に
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   日本海の夕日


 大きな夕日は、きょうも日本海の西の空に落ちかかった。うねりの出て来た海上は、どこもここもキラキラと金色に輝いていた。
「美しいなあ!」
 旗男《はたお》少年は、得意の立泳《たちおよぎ》をつづけながら、夕日に向かって挙手の礼をささげた。こんな入日《いりひ》を見るようになってから、もう三日目、いよいよお天気が定まって本当の真夏になったのだ。
「オイ旗男君。沖を向いて、一体|誰《だれ》に敬礼しているんだい」
 後から思いがけない声が旗男に呼びかけた。驚いて後をふりむくと、波の間から頑丈なイガ栗坊主の男の顔が、白い歯をむき出して笑っていた。
「ああ……誰かと思ったら、義兄《にい》さん!」
 それは義兄《あに》の陸軍中尉|川村国彦《かわむらくにひこ》だった。旗男の長姉《ちょうし》にあたる露子《つゆこ》が嫁《とつ》いでいるのだった。旗男は、東京の中学の二年生で、夏休を、この直江津《なおえつ》の義兄の家でおくるためにきているのだった。
「義兄さんずいぶん家へ帰ってこなかったですね。きょう休暇ですか」
「そうだ。やっとお昼から二十四時間の休暇が出たんだよ。露子がごちそうをこしらえて待っている。迎えかたがた、久しぶりで塩っからい水をなめにきたというわけさ。ハッハッハッ」
「塩っからい水ですって? じゃあ、また海の中で西瓜取《すいかとり》をやりましょうか」
「それが困ったことに、来るとき、西瓜を落してしまったんだよ」
「えッ落したッ? ど、どこへ落したんです。割れちゃったの?」
「ハッハッハッ、割れはしなかったがね。ボチャンと音がして、深いところへ……」
「深いところへって? 流れちゃったんですか」
「流れはしないだろう。綱をつけといたからね。ハッハッハッ」
「綱を……ああわかった。なーんだ、井戸の中へ入れたんでしょう……。また義兄さんに一杯くわされたなァ」
「まだくわせはしないよ。さあ、早く帰ってみんなでくおうじゃないか」
 二人はくるりと向きを変えると、肩をならべて平泳で海岸の方へ泳ぎだ
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